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真木柱

第五章 鬚黒大将家と内大臣家の物語 玉鬘と近江の君    

3. 近江の君、活発に振る舞う     

 

本文

現代語訳

 まことや、かの内の大殿の御女の、尚侍のぞみし君も、さるものの癖なれば、色めかしう、さまよふ心さへ添ひて、もてわづらひたまふ。女御も、「つひに、あはあはしきこと、この君ぞ引き出でむ」と、ともすれば、御胸つぶしたまへど、大臣の、

 そうそう、あの内の大殿のご息女で、尚侍を望んでいた女君も、ああした類の人の癖として、色気まで加わって、そわそわし出して、持て余していらっしゃる。女御も、「今に、軽率なことが、この君はきっとしでかすだろう」と、何かにつけ、はらはらしていらっしゃるが、大臣が、

 「今は、なまじらひそ」

 「今後は、人前に出てはいけません」

 と、制しのたまふをだに聞き入れず、まじらひ出でてものしたまふ。

 と、戒めておっしゃるのさえ聞き入れず、人中に出て仕えていらっしゃる。

 いかなる折にかありけむ、殿上人あまた、おぼえことなる限り、この女御の御方に参りて、物の音など調べ、なつかしきほどの拍子打ち加へてあそぶ。秋の夕べのただならぬに、宰相中将も寄りおはして、例ならず乱れてものなどのたまふを、人びとめづらしがりて、

 どのような時であったろうか、殿上人が大勢、立派な方々ばかりが、この女御の御方に参上して、いろいろな楽器を奏して、くつろいだ感じの拍子を打って遊んでいる。秋の夕方の、どことなく風情のあるところに、宰相中将もお寄りになって、いつもと違ってふざけて冗談をおっしゃるのを、女房たちは珍しく思って、

 「なほ、人よりことにも」

 「やはり、どの人よりも格別だわ」

 とめづるに、この近江の君、人びとの中を押し分けて出でゐたまふ。

 と誉めると、この近江の君、女房たちの中を押し分けて出ていらっしゃる。

 「あな、うたてや。こはなぞ」

 「あら、嫌だわ。これはどうなさるおつもり」

 と引き入るれど、いとさがなげににらみて、張りゐたれば、わづらはしくて、

 と引き止めるが、たいそう意地悪そうに睨んで、目を吊り上げているので、厄介になって、

 「あうなきことや、のたまひ出でむ」

 「軽率なことを、おっしゃらないかしら」

 と、つき交はすに、この世に目馴れぬまめ人をしも、

 と、お互いにつつき合っていると、この世にも珍しい真面目な方を、

 「これぞな、これぞな」

 「この人よ、この人よ」

 とめでて、ささめき騒ぐ声、いとしるし。人びと、いと苦しと思ふに、声いとさはやかにて、

 と誉めて、小声で騷ぎ立てる声、まことにはっきり聞こえる。女房たち、とても困ったと思うが、声はとてもはっきりした調子で、

 「沖つ舟よるべ波路に漂はば

   棹さし寄らむ泊り教へよ

 「沖の舟さん。寄る所がなくて波に漂っているなら

   わたしが棹さして近づいて行きますから、行く場所を教えてください

 棚なし小舟漕ぎ返り、同じ人をや。あな、悪や」

 棚なし小舟みたいに、いつまでも一人の方ばかり思い続けていらっしゃるのね。あら、ごめんなさい」

 と言ふを、いとあやしう、

 と言うので、たいそう不審に思って、

 「この御方には、かう用意なきこと聞こえぬものを」と思ひまはすに、「この聞く人なりけり」

 「こちらの御方には、このようなぶしつけなこと、聞かないのに」と思いめぐらすと、「あの噂の姫君であったのか」

 と、をかしうて、

 と、おもしろく思って、

 「よるべなみ風の騒がす舟人も

   思はぬ方に磯伝ひせず」

 「寄る所がなく風がもてあそんでいる舟人でも

   思ってもいない所には磯伝いしません」

 とて、はしたなかめり、とや。

 とおっしゃったので、引っ込みがつかなかったであろう、とか。



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