第三章 光る源氏の物語 准太上天皇となる
2. 夕霧夫妻、三条殿に移る
本文 |
現代語訳 |
御勢ひまさりて、かかる御住まひも所狭ければ、三条殿に渡りたまひぬ。すこし荒れにたるを、いとめでたく修理しなして、宮のおはしましし方を改めしつらひて住みたまふ。昔おぼえて、あはれに思ふさまなる御住まひなり。 |
ご威勢が増して、このようなお住まいでは手狭なので、三条殿にお移りになった。少し荒れていたのをたいそう立派に修理して、大宮がいらっしゃったお部屋を修繕してお住まいになる。昔が思い出されて、懐しく心にかなったお部屋である。 |
前栽どもなど、小さき木どもなりしも、いとしげき蔭となり、一村薄も心にまかせて乱れたりける、つくろはせたまふ。遣水の水草もかき改めて、いと心ゆきたるけしきなり。 |
前栽どもなど、小さい木であったのが、たいそう大きな木蔭を作り、一叢薄ものび放題になっていたのを、手入れさせなさる。遣水の水草も取り払って、とても気持ちよさそうに流れている。 |
をかしき夕暮のほどを、二所眺めたまひて、あさましかりし世の、御幼さの物語などしたまふに、恋しきことも多く、人の思ひけむことも恥づかしう、女君は思し出づ。古人どもの、まかで散らず、曹司曹司にさぶらひけるなど、参う上り集りて、いとうれしと思ひあへり。 |
美しい夕暮れ時を、お二人で眺めなさって、情けなかった昔の、子供時代のお話などをなさると、恋しいことも多く、女房たちが何と思っていたかも恥ずかしく、女君はお思い出しになる。古い女房たちで、退出せず、それぞれの曹司に伺候していた人たちなど、参集して、実に嬉しく互いに思い合っていた。 |
男君、 |
男君、 |
「なれこそは岩守るあるじ見し人の 行方は知るや宿の真清水」 |
「おまえこそはこの家を守っている主人だ、お世話になった人の 行方は知っているか、邸の真清水よ」 |
女君、 |
女君、 |
「亡き人の影だに見えずつれなくて 心をやれるいさらゐの水」 |
「亡き人の姿さえ映さず知らない顔で 心地よげに流れている浅い清水ね」 |
などのたまふほどに、大臣、内裏よりまかでたまひけるを、紅葉の色に驚かされて渡りたまへり。 |
などとおっしゃっているところに、太政大臣、宮中からご退出なさった途中、紅葉のみごとな色に驚かされてお越しになった。 |