第三章 光る源氏の物語 准太上天皇となる
3. 内大臣、三条殿を訪問
本文 |
現代語訳 |
昔おはさひし御ありさまにも、をさをさ変はることなく、あたりあたりおとなしく住まひたまへるさま、はなやかなるを見たまふにつけても、いとものあはれに思さる。中納言も、けしきことに、顔すこし赤みて、いとどしづまりてものしたまふ。 |
昔大宮がお住まいだったご様子に、たいして変わるところなく、あちらこちらも落ち着いてお住まいになっている様子、若々しく明るいのを御覧になるにつけても、ひどくしみじみと感慨が込み上げてくる。中納言も、改まった表情で、顔が少し赤くなって、いつも以上にしんみりとしていらっしゃる。 |
あらまほしくうつくしげなる御あはひなれど、女は、またかかる容貌のたぐひも、などかなからむと見えたまへり。男は、際もなくきよらにおはす。古人ども御前に所得て、神さびたることども聞こえ出づ。ありつる御手習どもの、散りたるを御覧じつけて、うちしほたれたまふ。 |
理想的で初々しいご夫婦仲であるが、女は、他にこのような器量の人もいないこともなかろうと、お見えになる。男は、この上なく美しくいらっしゃる。古女房たちが御前で得意気になって、昔のことなどを申し上げる。さきほどのお二人の歌が、散らかっているのをお見つけになって、ふと涙ぐみなさる。 |
「この水の心尋ねまほしけれど、翁は言忌して」 |
「この清水の気持ちを尋ねてみたいが、老人は遠慮して」 |
とのたまふ。 |
とおっしゃる。 |
「そのかみの老木はむべも朽ちぬらむ 植ゑし小松も苔生ひにけり」 |
「その昔の老木はなるほど朽ちてしまうのも当然だろう 植えた小松にも苔が生えたほどだから」 |
男君の御宰相の乳母、つらかりし御心も忘れねば、したり顔に、 |
男君の宰相の御乳母、冷たかったお仕打ちを忘れなかったので、得意顔に、 |
「いづれをも蔭とぞ頼む双葉より 根ざし交はせる松の末々」 |
「どちら様をも蔭と頼みにしております、二葉の時から 互いに仲好く大きくおなりになった二本の松でいらっしゃいますから」 |
老人どもも、かやうの筋に聞こえ集めたるを、中納言は、をかしと思す。女君は、あいなく面赤み、苦しと聞きたまふ。 |
老女房たちも、このような話題ばかりを歌に詠むのを、中納言は、おもしろいとお思いになる。女君は、わけもなく顔が赤くなって、聞き苦しく思っていらっしゃる。 |