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若菜上

第一章 朱雀院の物語 女三の宮の婿選び    

3. 源氏の使者夕霧、朱雀院を見舞う    

 

本文

現代語訳

 六条院よりも、御訪らひしばしばあり。みづからも参りたまふべきよし、聞こし召して、院はいといたく喜びきこえさせたまふ。

 六条院からも、お見舞いが頻繁にある。ご自身も参上なさる由、お聞きあそばして、院はとてもたいそうお喜び申し上げあそばす。

 中納言の君参りたまへるを、御簾の内に召し入れて、御物語こまやかなり。

 中納言の君が参上なさったのを、御簾の中に招き入れて、お話を親密になさる。

 「故院の上の、今はのきざみに、あまたの御遺言ありし中に、この院の御こと、今の内裏の御ことなむ、取り分きてのたまひ置きしを、公けとなりて、こと限りありければ、うちうちの御心寄せは、変らずながら、はかなきことのあやまりに、心おかれたてまつることもありけむと思ふを、年ごろことに触れて、その恨み残したまへるけしきをなむ漏らしたまはぬ。

 「故院の帝が、御臨終の際に、多くの御遺言があった中で、この院の御事と今上の帝の御事を、特別に仰せになったが、皇位に即くと、何かと自由にならないもので、心の中の好意は、変わらないものの、ちょっとした事の行き違いから、お恨まれ申されることもあっただろうと思うが、長年何かにつけて、その時の恨みが残っていらっしゃるご様子をお見せにならない。

 賢しき人といへど、身の上になりぬれば、こと違ひて、心動き、かならずその報い見え、ゆがめることなむ、いにしへだに多かりける。

 賢人と言っても、自分自身の事となると、話は違って、心が動揺し、必ずその報復をし、道を踏みはずす例は、昔でさえ多くあったのだ。

 いかならむ折にか、その御心ばへほころぶべからむと、世の人もおもむけ疑ひけるを、つひに忍び過ぐしたまひて、春宮などにも心を寄せきこえたまふ。今はた、またなく親しかるべき仲となり、睦び交はしたまへるも、限りなく心には思ひながら、本性の愚かなるに添へて、子の道の闇にたち交じり、かたくななるさまにやとて、なかなかよそのことに聞こえ放ちたるさまにてはべる。

 どのような時にか、お恨みの心が漏れ出ることだろうかと、世間の人々もその気で疑っていたが、とうとう辛抱なさって、東宮などにもご好意をお寄せ申されていらっしゃる。今では、またとなく親しい姻戚関係になって交際していらっしゃるのも、この上なく有り難く心の中では思いながら、生来の愚かさに加えて、子を思う親心で目がくらみ、見苦しいことではないかと思って、かえってよそ事のようにお任せ申している有様でございます。

 内裏の御ことは、かの御遺言違へず仕うまつりおきてしかば、かく末の世の明らけき君として、来しかたの御面をも起こしたまふ。本意のごと、いとうれしくなむ。

 帝の御事は、あの御遺言通りに致しましたので、このような末世の名君として、これまでの不面目を挽回して下さる。願い通りで、まことに嬉しく思います。

 この秋の行幸の後、いにしへのこととり添へて、ゆかしくおぼつかなくなむおぼえたまふ。対面に聞こゆべきことどもはべり。かならずみづから訪らひものしたまふべきよし、もよほし申したまへ」

 この秋の行幸の後は、昔のことがあれこれと思い出されて、懐かしくお会いしたく存じます。お目にかかって申し上げたいことどもがございます。必ずご自身お訪ね下さるよう、お勧め申し上げて下さい」

 など、うちしほたれつつのたまはす。

 などと、涙ぐみながら仰せになる。



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