第四章 光る源氏の物語 紫の上に打ち明ける
1. 源氏、結婚承諾を煩悶す
本文 |
現代語訳 |
六条院は、なま心苦しう、さまざま思し乱る。 |
六条院は、何となく気が重くて、あれこれと思い悩みなさる。 |
紫の上も、かかる御定めなむと、かねてもほの聞きたまひけれど、 |
紫の上も、このようなご決定があったと、以前からちらっとお聞きになっていたが、 |
「さしもあらじ。前斎院をも、ねむごろに聞こえたまふやうなりしかど、わざとしも思し遂げずなりにしを」 |
「決してそのようなことはあるまい。前斎院を熱心に言い寄っていらっしゃるようだったが、ことさら思いを遂げようとはなさらなかったのだから」 |
など思して、「さることもやある」とも問ひきこえたまはず、何心もなくておはするに、いとほしく、 |
などとお思いになって、「そのようなことがあったのですか」ともお尋ね申し上げなさらず、平気な顔でいらっしゃるので、おいたわしくて、 |
「この事をいかに思さむ。わが心はつゆも変はるまじく、さることあらむにつけては、なかなかいとど深さこそまさらめ、見定めたまはざらむほど、いかに思ひ疑ひたまはむ」 |
「このことをどのようにお思いだろう。自分の心は少しも変わるはずもなく、そのことがあった場合には、かえってますます愛情が深くなることだろうが、それがお分りいただけない間は、どんなにお思い疑いなさるだろう」 |
など安からず思さる。 |
などと、気がかりにお思いになる。 |
今の年ごろとなりては、ましてかたみに隔てきこえたまふことなく、あはれなる御仲なれば、しばし心に隔て残したることあらむもいぶせきを、その夜はうち休みて明かしたまひつ。 |
長の年月を経たこのごろでは、ましてお互いに心を隔て置き申し上げることもなく、しっくりしたご夫婦仲なので、一時でも心に隔てを残しているようなことがあるのも気が重いのだが、その晩はそのまま寝んで、夜を明かしなさった。 |