第六章 光る源氏の物語 女三の宮の六条院降嫁
3. 源氏、結婚を後悔
本文 |
現代語訳 |
三日がほどは、夜離れなく渡りたまふを、年ごろさもならひたまはぬ心地に、忍ぶれど、なほものあはれなり。御衣どもなど、いよいよ薫きしめさせたまふものから、うち眺めてものしたまふけしき、いみじくらうたげにをかし。 |
三日間は、毎晩お通いになるのを、今までにこのようなことは経験がおありでないので、堪えはするが、やはり胸が痛む。お召し物などを、いっそう念入りに香を薫きしめさせなさりながら、物思いに沈んでいらっしゃる様子は、たいそういじらしく美しい。 |
「などて、よろづのことありとも、また人をば並べて見るべきぞ。あだあだしく、心弱くなりおきにけるわがおこたりに、かかることも出で来るぞかし。若けれど、中納言をばえ思しかけずなりぬめりしを」 |
「どうして、どんな事情があるにもせよ、他に妻を迎える必要があったのだろうか。浮気っぽく、気弱になっていた自分の失態から、このような事も出てきたのだ。若いけれど、中納言をお考えに入れずじまいだったようなのに」 |
と、われながらつらく思し続くるに、涙ぐまれて、 |
と、自分ながら情けなくお思い続けられて、つい涙ぐんで、 |
「今宵ばかりは、ことわりと許したまひてむな。これより後のとだえあらむこそ、身ながらも心づきなかるべけれ。また、さりとて、かの院に聞こし召さむことよ」 |
「今夜だけは、無理もないこととお許しくださいな。これから後に来ない夜があったら、我ながら愛想が尽きるだろう。だが、とは言っても、あちらの院には何とお聞きになろうやら」 |
と、思ひ乱れたまへる御心のうち、苦しげなり。すこしほほ笑みて、 |
と言って、思い悩んでいらっしゃるご心中、苦しそうである。少しほほ笑んで、 |
「みづからの御心ながらだに、え定めたまふまじかなるを、ましてことわりも何も、いづこにとまるべきにか」 |
「ご自身のお考えでさえ、お決めになれないようですのに、ましてわたしは無理からぬことやら何やら、どちらに決められましょう」 |
と、いふかひなげにとりなしたまへば、恥づかしうさへおぼえたまひて、つらづゑをつきたまひて、寄り臥したまへれば、硯を引き寄せたまひて、 |
と、取りつく島もないように話を逸らされるので、恥ずかしいまでに思われなさって、頬杖をおつきになって、寄り臥していらっしゃると、硯を引き寄せて、 |
「目に近く移れば変はる世の中を 行く末遠く頼みけるかな」 |
「眼のあたりに変われば変わる二人の仲でしたのに 行く末長くとあてにしていましたとは」 |
古言など書き交ぜたまふを、取りて見たまひて、はかなき言なれど、げにと、ことわりにて、 |
古歌などを書き交えていらっしゃるのを、取って御覧になって、何でもない歌であるが、いかにもと、道理に思って、 |
「命こそ絶ゆとも絶えめ定めなき 世の常ならぬ仲の契りを」 |
「命は尽きることがあってもしかたのないことだが 無常なこの世とは違う変わらない二人の仲なのだ」 |
とみにもえ渡りたまはぬを、 |
すぐにはお出かけになれないのを、 |
「いとかたはらいたきわざかな」 |
「まこと不都合なことです」 |
と、そそのかしきこえたまへば、なよよかにをかしきほどに、えならず匂ひて渡りたまふを、見出だしたまふも、いとただにはあらずかし。 |
と、お促し申し上げなさると、柔らかで優美なお召し物に、たいそうよい匂いをさせてお出かけになるのを、お見送りなさるのも、まことに平気ではいられないだろう。 |