第七章 朧月夜の物語 こりずまの恋
2. 和泉前司に手引きを依頼
本文 |
現代語訳 |
かの人の兄なる和泉の前の守を召し寄せて、若々しく、いにしへに返りて語らひたまふ。 |
その人の兄に当たる和泉前司を招き寄せて、若々しく、昔に返って相談なさる。 |
「人伝てならで、物越しに聞こえ知らすべきことなむある。さりぬべく聞こえなびかして、いみじく忍びて参らむ。 |
「人を介してではなく、直接物越しに申し上げねばならないことがある。しかるべく申し上げご承知いただいた上で、たいそうこっそりと参上したい。 |
今は、さやうのありきも所狭き身のほどに、おぼろけならず忍ぶれば、そこにもまた人には漏らしたまはじと思ふに、かたみにうしろやすくなむ」 |
今は、そのような忍び歩きも、窮屈な身分で、並々ならず秘密のことなので、そなたも他の人にはお漏らしなさるまいと思うゆえ、お互いに安心だ」 |
とのたまふ。尚侍の君、 |
とおっしゃる。尚侍の君は、 |
「いでや。世の中を思ひ知るにつけても、昔よりつらき御心を、ここら思ひつめつる年ごろの果てに、あはれに悲しき御ことをさし置きて、いかなる昔語りをか聞こえむ。 |
「さてどうしたものだろう。世間の事が分かって来たにつけても、昔から薄情なお心を、幾度も味わわされて来た長の年月の果てに、しみじみと悲しい御事をさしおいて、どのような昔話をお話し申し上げられようか。 |
げに、人は漏り聞かぬやうありとも、心の問はむこそいと恥づかしかるべけれ」 |
なるほど、他人は漏れ聞かないようにしたところで、良心に聞かれたら恥ずかしい気がするに違いない」 |
とうち嘆きたまひつつ、なほ、さらにあるまじきよしをのみ聞こゆ。 |
と嘆息をなさりながら、やはり、会うことはできない旨だけを申し上げる。 |