第七章 朧月夜の物語 こりずまの恋
4. 源氏、朧月夜を訪問
本文 |
現代語訳 |
その日は、寝殿へも渡りたまはで、御文書き交はしたまふ。薫き物などに心を入れて暮らしたまふ。 |
その日は、寝殿へもお渡りにならず、お手紙だけを書き交わしなさる。薫物などを念入りになさって一日中お過ごしになる。 |
宵過ぐして、睦ましき人の限り、四、五人ばかり、網代車の、昔おぼえてやつれたるにて出でたまふ。和泉守して、御消息聞こえたまふ。かく渡りおはしましたるよし、ささめき聞こゆれば、驚きたまひて、 |
宵が過ぎるのを待って、親しい者ばかり、四、五人ほどで、網代車の、昔を思い出させる粗末なふうで、お出かけになる。和泉守を遣わして、ご挨拶を申し上げなさる。このようにいらっしゃった旨、小声で申し上げると、驚きなさって、 |
「あやしく。いかやうに聞こえたるにか」 |
「変だこと。どのようにお返事申し上げたのだろうか」 |
とむつかりたまへど、 |
とご機嫌が悪いが、 |
「をかしやかにて帰したてまつらむに、いと便なうはべらむ」 |
「気を持たせるようにしてお帰し申すのは、たいそう不都合でございましょう」 |
とて、あながちに思ひめぐらして、入れたてまつる。御とぶらひなど聞こえたまひて、 |
と言って、無理に工夫をめぐらして、お入れ申し上げる。お見舞いの言葉などを申し上げなさって、 |
「ただここもとに、物越しにても。さらに昔のあるまじき心などは、残らずなりにけるを」 |
「ただここまでお出ください、几帳越しにでも。まったく昔のけしからぬ心などは、無くなったのですから」 |
と、わりなく聞こえたまへば、いたく嘆く嘆くゐざり出でたまへり。 |
と、切々と訴え申し上げなさるので、ひどく溜息をつきながらいざり出ていらっしゃった。 |
「さればよ。なほ、気近さは」 |
「案の定だ。やはり、すぐに靡(なび)くところは」 |
と、かつ思さる。かたみに、おぼろけならぬ御みじろきなれば、あはれも少なからず。東の対なりけり。辰巳の方の廂に据ゑたてまつりて、御障子のしりばかりは固めたれば、 |
と、一方ではお思いになる。お互いに、知らないではない相手の身動きなので、感慨も浅からぬものがある。東の対だったのだ。辰巳の方の廂の間にお座りいただいて、御障子の端だけは固くとめてあるので、 |
「いと若やかなる心地もするかな。年月の積もりをも、紛れなく数へらるる心ならひに、かくおぼめかしきは、いみじうつらくこそ」 |
「とても若い者のような心地がしますね。あれからの年月の数をも、間違いなく数えられるほど思い続けているのに、このように知らないふりをなさるのは、たいそう辛いことです」 |
と怨みきこえたまふ。 |
とお恨み申し上げなさる。 |