第八章 紫の上の物語 紫の上の境遇と絶望感
2. 紫の上、女三の宮に挨拶を申し出る
本文 |
現代語訳 |
対の上、こなたに渡りて対面したまふついでに、 |
対の上が、こちらにおいでになって、お会いなさるついでに、 |
「姫宮にも、中の戸開けて聞こえむ。かねてよりもさやうに思ひしかど、ついでなきにはつつましきを、かかる折に聞こえ馴れなば、心安くなむあるべき」 |
「姫宮にも、中の戸を開けてご挨拶申し上げましょう。前々からそのように思っていましたが、機会がなくては遠慮されますが、このような機会にご挨拶申し上げ、お近づきになれましたら、気が楽になるでしょう」 |
と、大殿に聞こえたまへば、うち笑みて、 |
と、大殿に申し上げると、ほほ笑んで、 |
「思ふやうなるべき御語らひにこそはあなれ。いと幼げにものしたまふめるを、うしろやすく教へなしたまへかし」 |
「それは望みどおりのお付き合いというものだ。とても子供子供していらっしゃるようだから、心配のないようにお教え上げてください」 |
と、許しきこえたまふ。宮よりも、明石の君の恥づかしげにて交じらむを思せば、御髪すましひきつくろひておはする、たぐひあらじと見えたまへり。 |
と、お許し申し上げなさる。姫宮よりも、明石の君が気の張る様子で控えているだろうことをお思いになると、御髪を洗い身づくろいしていらっしゃる、世にまたとあるまいとお見えになった。 |
大殿は、宮の御方に渡りたまひて、 |
大殿は、宮の御方においでになって、 |
「夕方、かの対にはべる人の、淑景舎に対面せむとて出で立つ。そのついでに、近づききこえさせまほしげにものすめるを、許して語らひたまへ。心などはいとよき人なり。まだ若々しくて、御遊びがたきにもつきなからずなむ」 |
「夕方、あちらの対にいます人が、淑景舎の御方にお目にかかろう出て参ります。その機会に、お近づき申し上げたいように申しておりますようなので、お許しになって会ってください。気立てなどはとてもよい方です。まだ若々しくて、お遊び相手として不似合いでなく思われます」 |
など、聞こえたまふ。 |
などと、申し上げなさる。 |
「恥づかしうこそはあらめ。何ごとをか聞こえむ」 |
「さぞきまりの悪いことでしょうね。何をお話し申し上げたらよいのでしょう」 |
と、おいらかにのたまふ。 |
と、おっとりとおっしゃる。 |
「人のいらへは、ことにしたがひてこそは思し出でめ。隔て置きてなもてなしたまひそ」 |
「お返事は、あちらの言うことに応じて考えつかれるのがよいでしょう。他人行儀なおあしらいはなさいますな」 |
と、こまかに教へきこえたまふ。「御仲うるはしくて過ぐしたまへ」と思す。 |
と、こまごまとお教え申し上げなさる。「二人が仲好くきちんとお暮らしになって欲しい」とお思いになる。 |
あまりに何心もなき御ありさまを見あらはされむも、恥づかしくあぢきなけれど、さのたまはむを、「心隔てむもあいなし」と、思すなりけり。 |
あまりに無邪気なご様子を見られてしまっても、き含り悪く面白くないが、あのようにおっしゃるお気持ちを、「止めだてするのも感心しない」と、お思いになるのであった。 |