第十章 明石の物語 男御子誕生
1. 明石女御、産期近づく
本文 |
現代語訳 |
年返りぬ。桐壺の御方近づきたまひぬるにより、正月朔日より、御修法不断にせさせたまふ。寺々、社々の御祈り、はた数も知らず。大殿の君、ゆゆしきことを見たまへてしかば、かかるほどのこと、いと恐ろしきものに思ししみたるを、対の上などのさることしたまはぬは、口惜しくさうざうしきものから、うれしく思さるるに、まだいとあえかなる御ほどに、いかにおはせむと、かねて思し騒ぐに、二月ばかりより、あやしく御けしき変はりて悩みたまふに、御心ども騒ぐべし。 |
年が改まった。桐壷の御方の御出産が近づきなさったことによって、正月上旬から、御修法を不断におさせになる。多くの寺々、神社神社の御祈祷は、これまた数えきれないほどである。大殿の君は、不吉なことをご経験なさったことがあるので、このような時のことは、たいそう恐ろしいものと心底から思っていらっしゃるので、対の上などがそのようなことがおありでなかったのは、残念に物足りなく思うものの、一方では嬉しく思わずにはいらっしゃれないので、まだとてもお小さいお年頃なので、どんなことにおなりかと、前々からご心配であったが、二月ごろから、妙にご容態が変わってお苦しみなさるので、どなたもご心痛のようである。 |
陰陽師どもも、所を変へてつつしみたまふべく申しければ、他のさし離れたらむはおぼつかなしとて、かの明石の御町の中の対に渡したてまつりたまふ。こなたは、ただおほきなる対二つ、廊どもなむめぐりてありけるに、御修法の壇隙なく塗りて、いみじき験者ども集ひて、ののしる。 |
陰陽師たちも、お住まいを変えてお大事になさるのがよいと申したので、他のかけ離れた所は気がかりであると思って、あの明石の御町の中の対にお移し申し上げなさる。こちらは、ただ大きい対の屋が二棟だけあって、幾つもの渡廊などが周囲を廻っていたが、御修法の壇を隙間なく塗り固めて、たいそう霊験ある修験者たちが集まって、大声を上げて祈願する。 |
母君、この時にわが御宿世も見ゆべきわざなめれば、いみじき心を尽くしたまふ。 |
母君は、この時に自分の御運もはっきりするだろうことなので、たいそう気が気でない思いでいらっしゃる。 |