第十一章 明石の物語 入道の手紙
1. 明石入道、手紙を贈る
本文 |
現代語訳 |
かの明石にも、かかる御こと伝へ聞きて、さる聖心地にも、いとうれしくおぼえければ、 |
あの明石でも、このようなお話を伝え聞いて、そうした出家心にも、たいそう嬉しく思われたので、 |
「今なむ、この世の境を心やすく行き離るべき」 |
「今は、この世から心安らかな気持ちで離れて行くことができよう」 |
と弟子どもに言ひて、この家をば寺になし、あたりの田などやうのものは、皆その寺のことにしおきて、この国の奥の郡に、人も通ひがたく深き山あるを、年ごろも占めおきながら、あしこに籠もりなむ後、また人には見え知らるべきにもあらずと思ひて、ただすこしのおぼつかなきこと残りければ、今までながらへけるを、今はさりともと、仏神を頼み申してなむ移ろひける。 |
と弟子たちに言って、この家を寺にして、周辺の田などといったものは、みなその寺の所領にすることにして、この国の奥の郡で、人も行かないような深い山があるのを、かねてより所有していたのを、あそこに籠もった後は、再び人に見られることもあるまいと考えて、ほんの少し気がかりなことが残っていたので、今までとどまっていたが、今はもう大丈夫と、仏神をお頼み申して移ったのであった。 |
この近き年ごろとなりては、京に異なることならで、人も通はしたてまつらざりつ。これより下したまふ人ばかりにつけてなむ、一行にても、尼君さるべき折節のことも通ひける。思ひ離るる世のとぢめに、文書きて、御方にたてまつれたまへり。 |
最近の数年間は、都に特別の事でなくては、使いを差し上げることもしなかった。都からお下しになる使者ぐらいには言づけて、ほんの一行の便りなりと、尼君はしかるべき折のお返事をするのであった。俗世を離れる最後に、手紙を書いて、御方に差し上げなさった。 |