第二章 光る源氏の物語 住吉参詣
2. 六条院の女方の動静
本文 |
現代語訳 |
姫宮の御ことは、帝、御心とどめて思ひきこえたまふ。おほかたの世にも、あまねくもてかしづかれたまふを、対の上の御勢ひには、えまさりたまはず。年月経るままに、御仲いとうるはしく睦びきこえ交はしたまひて、いささか飽かぬことなく、隔ても見えたまはぬものから、 |
姫宮の御事は、帝が、御配慮になってお気をつけて差し上げなさる。世間の人々からも、広く重んじられていらっしゃるが、対の上のご威勢には、勝ることがおできになれない。年月がたつにつれて、ご夫婦仲は互いにたいそうしっくりと睦まじくいらして、少しも不満なところなく、よそよそしさもお見えでないが、 |
「今は、かうおほぞうの住まひならで、のどやかに行なひをも、となむ思ふ。この世はかばかりと、見果てつる心地する齢にもなりにけり。さりぬべきさまに思し許してよ」 |
「今は、このような普通の生活ではなく、のんびりと仏道生活に入りたい、と思います。この世はこれまでと、すっかり見終えた気がする年齢にもなってしまいました。そのようにお許し下さいませ」 |
と、まめやかに聞こえたまふ折々あるを、 |
と、真剣に申し上げなさることが度々あるが、 |
「あるまじく、つらき御ことなり。みづから、深き本意あることなれど、とまりてさうざうしくおぼえたまひ、ある世に変はらむ御ありさまの、うしろめたさによりこそ、ながらふれ。つひにそのこと遂げなむ後に、ともかくも思しなれ」 |
「とんでもない、酷いおっしゃりようです。わたし自身、強く希望するところですが、後に残って寂しいお気持ちがなさり、今までと違ったようにおなりになるのが、気がかりなばかりに、生き永らえているのです。とうとう出家した後に、どうなりとお考え通りになさるがよい」 |
などのみ、妨げきこえたまふ。 |
などとばかり、ご制止申し上げなさる。 |
女御の君、ただこなたを、まことの御親にもてなしきこえたまひて、御方は隠れがの御後見にて、卑下しものしたまへるしもぞ、なかなか、行く先頼もしげにめでたかりける。 |
女御の君、ひたすらこちらを、本当の母親のようにお仕え申し上げなさって、御方は蔭のお世話役として、謙遜していらっしゃるのが、かえって、将来頼もしげで、立派な感じであった。 |
尼君も、ややもすれば、堪へぬよろこびの涙、ともすれば落ちつつ、目をさへ拭ひただして、命長き、うれしげなる例になりてものしたまふ。 |
尼君も、ややもすれば感激に堪えない喜びの涙、ともすれば、落とし落としして、目まで拭い爛れさせて、長生きした、幸福者の例になっていらっしゃる。 |