第三章 空蝉の物語 夫の死去後に出家
1.
夫常陸介死去
本文 |
現代語訳 |
かかるほどに、この常陸守、老いの積もりにや、悩ましくのみして、もの心細かりければ、子どもに、ただこの君の御ことをのみ言ひ置きて、 |
こうしているうちに、常陸介は、年取ったためか、病気がちになって、何かと心細い気がしたので、子どもたちに、もっぱらこの君のお事だけを遺言して、 |
「よろづのこと、ただこの御心にのみ任せて、ありつる世に変はらで仕うまつれ」 |
「万事の事、ただこの母君のお心にだけ従って、わたしの在世中と変わりなくお仕えせよ」 |
とのみ、明け暮れ言ひけり。 女君、「心憂き宿世ありて、この人にさへ後れて、いかなるさまにはふれ惑ふべきにかあらむ」と思ひ嘆きたまふを見るに、 |
とばかり、明けても暮れても言うのであった。 女君の、「辛い運命の下に生まれて、この人にまで先立たれて、どのように落ちぶれて途方に暮れることになっていくのだろうか」と、思い嘆いていらっしゃるのを見ると、 |
「命の限りあるものなれば、惜しみ止むべき方もなし。いかでか、この人の御ために残し置く魂もがな。わが子どもの心も知らぬを」 |
「命には限りがあるものだから、惜しんだとて止めるすべはない。何とかして、この方のために残して置く魂があったらいいのだが。わが子どもの気心も分からないから」 |
と、うしろめたう悲しきことに、言ひ思へど、心にえ止めぬものにて、亡せぬ。 |
と、気掛かりで悲しいことだと、口にしたり思ったりしたが、思いどおりに行かないもので、亡くなってしまった。 |