第三章 空蝉の物語 夫の死去後に出家
2.
空蝉、出家す
本文 |
現代語訳 |
しばしこそ、「さのたまひしものを」など、情けつくれど、うはべこそあれ、つらきこと多かり。とあるもかかるも世の道理なれば、身一つの憂きことにて、嘆き明かし暮らす。ただ、この河内守のみぞ、昔より好き心ありて、すこし情けがりける。 |
暫くの間は、「あのようにご遺言なさったのだから」などと、情けのあるように振る舞っていたが、うわべだけのことであって、辛いことが多かった。それもこれもみな世の道理なので、わが身一つの不幸として、嘆きながら毎日を暮らしている。ただ、この河内守だけは、昔から好色心があって、少し優しげに振る舞うのであった。 |
「あはれにのたまひ置きし、数ならずとも、思し疎までのたまはせよ」 |
「しみじみとご遺言なさってもおり、至らぬ者ですが、何なりとご遠慮なさらずにおっしゃってください」 |
など追従し寄りて、いとあさましき心の見えければ、 「憂き宿世ある身にて、かく生きとまりて、果て果ては、めづらしきことどもを聞き添ふるかな」と、人知れず思ひ知りて、人にさなむとも知らせで、尼になりにけり。 |
などと機嫌をとって近づいて来て、実にあきれた下心が見えたので、 「辛い運命の身で、このように生き残って、終いには、とんでもない事まで耳にすることよ」
と、人知れず思い悟って、他人にはそれとは知らせずに、尼になってしまったのであった。 |
ある人びと、いふかひなしと、思ひ嘆く。守も、いとつらう、 「おのれを厭ひたまふほどに。残りの御齢は多くものしたまふらむ。いかでか過ぐしたまふべき」 などぞ、あいなのさかしらやなどぞ、はべるめる。 |
仕えている女房たち、何とも言いようがないと、悲しみ嘆く。河内守もたいそう辛く、 「わたしをお嫌いになってのことに。まだ先の長いお年であろうに。これから先、どのようにしてお過ごしになるのか」 などと、つまらぬおせっかいだなどと、申しているようである。 |