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若菜下

第九章 女三の宮の物語 懐妊と密通の露見    

1. 女三の宮懐妊す  

 

本文

現代語訳

 姫宮は、あやしかりしことを思し嘆きしより、やがて例のさまにもおはせず、悩ましくしたまへど、おどろおどろしくはあらず、立ちぬる月より、物きこし召さで、いたく青みそこなはれたまふ。

 姫宮は、わけの分からなかった出来事をお嘆きになって以来、そのまま普通のお具合ではいらっしゃらず、苦しそうにしておいでであったが、そうひどい状態でもなく、先月から、食べ物をお召し上がりにならず、ひどく蒼ざめてやつれていらっしゃる。

 かの人は、わりなく思ひあまる時々は、夢のやうに見たてまつりけれど、宮、尽きせずわりなきことに思したり。院をいみじく懼ぢきこえたまへる御心に、ありさまも人のほども、等しくだにやはある、いたくよしめきなまめきたれば、おほかたの人目にこそ、なべての人には優りてめでらるれ、幼くより、さるたぐひなき御ありさまに馴らひたまへる御心には、めざましくのみ見たまふほどに、かく悩みわたりたまふは、あはれなる御宿世にぞありける。

 あの人は、無性に我慢ができない時々には、夢のようにお逢い申し上げたが、宮は、どこまでも無体なことだとお思いになっていた。院をひどくお恐がり申されるお気持ちから、態度も人品も、同等に見られようか、たいそう風流っぽく優美にしているので、一般の目には、普通の人以上に誉められるが、幼い時から、そのように類例のないご様子の方に馴れ親しんでいらっしゃるお心にとっては、心外な者とばかり見ていらっしゃるうちに、このようにずっとお悩みになることは、気の毒なご運命であった。

 御乳母たち見たてまつりとがめて、院の渡らせたまふこともいとたまさかになるを、つぶやき恨みたてまつる。

 御乳母たちは懐妊の様子に気がついて、院がお越しになることも実にたまにでしかないのを、ぶつぶつお恨み申し上げる。

 かく悩みたまふと聞こし召してぞ渡りたまふ。女君は、暑くむつかしとて、御髪澄まして、すこしさはやかにもてなしたまへり。臥しながらうちやりたまへりしかば、とみにも乾かねど、つゆばかりうちふくみ、まよふ筋もなくて、いときよらにゆらゆらとして、青み衰へたまへるしも、色は真青に白くうつくしげに、透きたるやうに見ゆる御肌つきなど、世になくらうたげなり。もぬけたる虫の殻などのやうに、まだいとただよはしげにおはす。

 このようにお苦しみでいらっしゃるとお聞きになってお出かけになる。女君は、暑く苦しいと言って、御髪を洗って、少しさわやかにしていらっしゃった。横になりながら髪を投げ出していらっしゃったので、すぐには乾かないが、少しもふくらんだり、乱れたりした毛もなくて、実に清らかにゆらゆらとたっぷりあって、蒼く痩せていらっしゃるのが、かえって青白くかわいらしげに見え、透き透ったように見えるお肌つきなどは、又とないほど可憐な感じである。脱皮した虫の脱殻かのように、まだとても頼りない感じでいらっしゃる。

 年ごろ住みたまはで、すこし荒れたりつる院の内、たとしへなく狭げにさへ見ゆ。昨日今日かくものおぼえたまふ隙にて、心ことにつくろはれたる遣水、前栽の、うちつけに心地よげなるを見出だしたまひても、あはれに、今まで経にけるを思ほす。

 長年お住みにならなかったので、多少荒れていた院の内、喩えようもないくらい手狭な感じにさえ見える。昨日今日とこのように意識のおありの時に、特別に手入れをさせた遣水、前栽が、急にさわやかに感じられるのを御覧になっても、しみじみと、今まで過ごしてきたことをお思いになる。



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