第十二章 柏木の物語 源氏から睨まれる
2. 源氏、柏木に皮肉を言う
本文 |
現代語訳 |
主人の院、 |
ご主人の院は、 |
「過ぐる齢に添へては、酔ひ泣きこそとどめがたきわざなりけれ。衛門督、心とどめてほほ笑まるる、いと心恥づかしや。さりとも、今しばしならむ。さかさまに行かぬ年月よ。老いはえ逃れぬわざなり」 |
「寄る年波とともに、酔泣きの癖は止められないものだな。衛門督が目を止めてほほ笑んでいるのは、まことに恥ずかしくなるよ。そうは言っても、もう暫くの間だろう。さかさまには進まない年月さ。老いは逃れることのできないものだよ」 |
とて、うち見やりたまふに、人よりけにまめだち屈じて、まことに心地もいと悩ましければ、いみじきことも目もとまらぬ心地する人をしも、さしわきて、空酔ひをしつつかくのたまふ。戯れのやうなれど、いとど胸つぶれて、盃のめぐり来るも頭いたくおぼゆれば、けしきばかりにて紛らはすを、御覧じ咎めて、持たせながらたびたび強ひたまへば、はしたなくて、もてわづらふさま、なべての人に似ずをかし。 |
と言って、ちらっと御覧やりなさると、誰よりも一段とかしこまって塞ぎ込んで、真実に気分もたいそう悪いので、試楽の素晴らしさも目に入らない気分でいる人をつかまえて、わざと名指しで、酔ったふりをしながらこのようにおっしゃる。冗談のようであるが、ますます胸が痛くなって、杯が回って来るのも頭が痛く思われるので、真似事だけでごまかすのを、お見咎めなさって、杯をお持ちになりながら何度も無理にお勧めなさるので、いたたまれない思いで、困っている様子、普通の人と違って優雅である。 |
心地かき乱りて堪へがたければ、まだことも果てぬにまかでたまひぬるままに、いといたく惑ひて、 |
気分が悪くて我慢できないので、まだ宴も終わらないのにお帰りになったが、そのままひどく苦しくなって、 |
「例の、いとおどろおどろしき酔ひにもあらぬを、いかなればかかるならむ。つつましとものを思ひつるに、気ののぼりぬるにや。いとさいふばかり臆すべき心弱さとはおぼえぬを、言ふかひなくもありけるかな」 |
「いつものような、大した深酔いしたのでもないのに、どうしてこんなに苦しいのであろうか。何か気が咎めていたためか、上気してしまったのだろうか。そんなに怖気づくほどの意気地なしだとは思わなかったが、何とも不甲斐ない有様だった」 |
とみづから思ひ知らる。 |
と自分自身思わずにはいられない。 |
しばしの酔ひの惑ひにもあらざりけり。やがていといたくわづらひたまふ。大臣、母北の方思し騷ぎて、よそよそにていとおぼつかなしとて、殿に渡したてまつりたまふを、女宮の思したるさま、またいと心苦し。 |
一時の酔の苦しみではなかったのであった。そのまままことひどくお病みになる。大臣、母北の方が心配なさって、別々に住んでいたのでは気がかりであると考えて、邸にお移し申されるのを、女宮がお悲しみになる様子、それはそれでまたお気の毒である。 |