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若菜下

第十二章 柏木の物語 源氏から睨まれる    

4. 柏木の病、さらに重くなる  

 

本文

現代語訳

 大殿に待ち受けきこえたまひて、よろづに騷ぎたまふ。さるは、たちまちにおどろおどろしき御心地のさまにもあらず、月ごろ物などをさらに参らざりけるに、いとどはかなき柑子などをだに触れたまはず、ただ、やうやうものに引き入るるやうに見えたまふ。

 大殿ではお待ち受け申し上げなさって、いろいろと大騒ぎをなさる。そうはいえ、急変するようなご病気の様子でもなく、ここいく月も食べ物などをまったくお召し上がりにならなかったが、ますますちょっとした柑子などでさえお手を触れにならず、ただ、冥界に引き込まれていくようにお見えになる。

 さる時の有職の、かくものしたまへば、世の中惜しみあたらしがりて、御訪らひに参りたまはぬ人なし。内裏よりも院よりも、御訪らひしばしば聞こえつつ、いみじく惜しみ思し召したるにも、いとどしき親たちの御心のみ惑ふ。

 このような当代の優れた人物が、こんなでいらっしゃるので、世間中が惜しみ残念がって、お見舞いに上がらない人はいない。朝廷からも院の御所からも、お見舞いを度々差し上げては、ひどく惜しんでいらっしゃるのにつけても、ますますご両親のお心は痛むばかりである。

 六条院にも、「いと口惜しきわざなり」と思しおどろきて、御訪らひにたびたびねむごろに父大臣にも聞こえたまふ。大将は、ましていとよき御仲なれば、気近くものしたまひつつ、いみじく嘆きありきたまふ。

 六条院におかれても、「まことに残念なことだ」とお嘆きになって、お見舞いを頻繁に丁重に父大臣にも差し上げなさる。大将は、それ以上に仲の好い間柄なので、お側近くに見舞っては、大変にお嘆きになっておろおろしていらっしゃる。

 御賀は、二十五日になりにけり。かかる時のやむごとなき上達部の重く患ひたまふに、親、兄弟、あまたの人びと、さる高き御仲らひの嘆きしをれたまへるころほひにて、ものすさまじきやうなれど、次々に滞りつることだにあるを、さて止むまじきことなれば、いかでかは思し止まらむ。女宮の御心のうちをぞ、いとほしく思ひきこえさせたまふ。

 御賀は、二十五日になってしまった。このような時に重々しい上達部が重病でいらっしゃるので、親、兄弟たち、大勢の方々、そういう高貴なご縁戚や友人方が嘆き沈んでいらっしゃる折柄なので、何か興の冷めた感じもするが、次々と延期されて来た事情さえあるのに、このまま中止にすることもできないので、どうして断念なされよう。女宮のご心中を、おいたわしくお察し上げになる。

 例の、五十寺の御誦経、また、かのおはします御寺にも、摩訶毘盧遮那の。

 例によって、五十寺の御誦経、それから、あちらのおいでになる御寺でも、摩訶毘廬遮那の御誦経が。



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