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柏木

第四章 光る源氏の物語 若君の五十日の祝い    

4. 源氏、女三の宮に嫌味を言う  

 

本文

現代語訳

 「このことの心知れる人、女房の中にもあらむかし。知らぬこそ、ねたけれ。烏滸なりと見るらむ」と、安からず思せど、「わが御咎あることはあへなむ。二つ言はむには、女の御ためこそ、いとほしけれ」

 「この事情を知って人、女房の中にもきっといることだろう。知らないのは、悔しい。馬鹿だと思っているだろう」、と穏やかならずお思いになるが、「自分の落度になることは堪えよう。二つを問題にすれば、女宮のお立場が、気の毒だ」

 など思して、色にも出だしたまはず。いと何心なう物語して笑ひたまへるまみ、口つきのうつくしきも、「心知らざらむ人はいかがあらむ。なほ、いとよく似通ひたりけり」と見たまふに、「親たちの、子だにあれかしと、泣いたまふらむにも、え見せず、人知れずはかなき形見ばかりをとどめ置きて、さばかり思ひ上がり、およすけたりし身を、心もて失ひつるよ」

 などとお思いになって、顔色にもお出しにならない。とても無邪気にしゃべって笑っていらっしゃる目もとや、口もとのかわいらしさも、「事情を知らない人はどう思うだろう。やはり、父親にとてもよく似ている」、と御覧になると、「ご両親が、せめて子供だけでも残してくれていたらと、お泣きになっていようにも、見せることもできず、誰にも知られずはかない形見だけを残して、あれほど高い望みをもって、優れていた身を、自分から滅ぼしてしまったことよ」

 と、あはれに惜しければ、めざましと思ふ心もひき返し、うち泣かれたまひぬ。

 と、しみじみと惜しまれるので、けしからぬと思う気持ちも思い直されて、つい涙がおこぼれになった。

 人びとすべり隠れたるほどに、宮の御もとに寄りたまひて、

 女房たちがそっと席をはずした間に、宮のお側に近寄りなさって、

 「この人をば、いかが見たまふや。かかる人を捨てて、背き果てたまひぬべき世にやありける。あな、心憂」

 「この子を、どのようにお思いになりますか。このような子を見捨てて、出家なさらねばならなかったものでしょうか。何とも、情けない」

 と、おどろかしきこえたまへば、顔うち赤めておはす。

 と、ご注意をお引き申し上げなさると、顔を赤くしていらっしゃる。

 「誰が世にか種は蒔きしと人問はば

   いかが岩根の松は答へむ

  あはれなり」

 「いったい誰が種を蒔いたのでしょうと人が尋ねたら

   誰と答えてよいのでしょう、岩根の松は

  不憫なことだ」

 など、忍びて聞こえたまふに、御いらへもなうて、ひれふしたまへり。ことわりと思せば、しひても聞こえたまはず。

 などと、そっと申し上げなさると、お返事もなくて、うつ臥しておしまいになった。もっともなことだとお思いになるので、無理に催促申し上げなさらない。

 「いかに思すらむ。もの深うなどはおはせねど、いかでかはただには」

 「どうお思いでいるのだろう。思慮深い方ではいらっしゃらないが、どうして平静でいられようか」

 と、推し量りきこえたまふも、いと心苦しうなむ。

 と、ご推察申し上げなさるのも、とてもおいたわしい思いである。



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