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横笛

第二章 夕霧の物語 柏木遺愛の笛    

5. 帰宅して、故人を想う  

 

本文

現代語訳

 殿に帰りたまへれば、格子など下ろさせて、皆寝たまひにけり。

 殿にお帰りになると、格子などを下ろさせて、皆お寝みになっていた。

 「この宮に心かけきこえたまひて、かくねむごろがり聞こえたまふぞ」

 「この宮にご執心申されて、あのようにご熱心でいらっしゃるのだ」

 など、人の聞こえ知らせければ、かやうに夜更かしたまふもなま憎くて、入りたまふをも聞く聞く、寝たるやうにてものしたまふなるべし。

 などと、誰かがご報告したので、このように夜更けまで外出なさるのも憎らしくて、お入りになったのも知っていながら、眠ったふりをしていらっしゃるのであろう。

 「妹と我といるさの山の」

 「いい人とわたしと一緒に入るあの山の」

 と、声はいとをかしうて、独りごち歌ひて、

 と、声はとても美しく独り歌って、

 「こは、など、かく鎖し固めたる。あな、埋れや。今宵の月を見ぬ里もありけり」

 「これは、またどうして、こう固く鍵を閉めているのだ。何とまあ、うっとうしいことよ。今夜の月を見ない所もあるのだなあ」

 と、うめきたまふ。格子上げさせたまひて、御簾巻き上げなどしたまひて、端近く臥したまへり。

 と、不満げにおっしゃる。格子を上げさせなさって、御簾を巻き上げなどなさって、端近くに横におなりになった。

 「かかる夜の月に、心やすく夢見る人は、あるものか。すこし出でたまへ。あな心憂」

 「このように素晴らしい月なのに、気楽に夢を見ている人が、あるものですか。少しお出になりなさい。何と嫌な」

 など聞こえたまへど、心やましううち思ひて、聞き忍びたまふ。

 などと申し上げなさるが、面白くない気がして、知らぬ顔をなさっている。

 君たちの、いはけなく寝おびれたるけはひなど、ここかしこにうちして、女房もさし混みて臥したる、人気にぎははしきに、ありつる所のありさま、思ひ合はするに、多く変はりたり。この笛をうち吹きたまひつつ、

 若君たちが、あどけなく寝惚けている様子などが、あちらこちらにして、女房も混み合って寝ている、とてもにぎやかな感じがするので、さきほどの所の様子が、思い比べられて、多く違っている。この笛をちょっとお吹きになりながら、

 「いかに、名残も、眺めたまふらむ。御琴どもは、調べ変はらず遊びたまふらむかし。御息所も、和琴の上手ぞかし」

 「どのように、わたしが立ち去った後でも、物思いに耽っていらっしゃることだろう。お琴の合奏は、調子を変えずなさっていらっしゃるのだろう。御息所も、和琴の名手であった」

 など、思ひやりて臥したまへり。

 などと、思いをはせて臥せっていらっしゃった。

 「いかなれば、故君、ただおほかたの心ばへは、やむごとなくもてなしきこえながら、いと深きけしきなかりけむ」

 「どうして、故君は、ただ表向きの気配りは、大切にお扱い申し上げていながら、大して深い愛情はなかったのだろう」

 と、それにつけても、いといぶかしうおぼゆ。

 と、考えるにつけても、大変いぶかしく思われる。

 「見劣りせむこそ、いといとほしかるべけれ。おほかたの世につけても、限りなく聞くことは、かならずさぞあるかし」

 「実際会って見て器量がよくないとなると、たいそうお気の毒なことだな。世間一般の話でも、最高に素晴らしいという評判の人は、きっとそんなこともあるものだ」

 など思ふに、わが御仲の、うちけしきばみたる思ひやりもなくて、睦びそめたる年月のほどを数ふるに、あはれに、いとかう押したちておごりならひたまへるも、ことわりにおぼえたまひけり。

 などと思うにつけ、ご自分の夫婦仲が、その気持ちを顔に出して相手を疑うこともなくて、仲睦まじくなった歳月のほどを数えると、しみじみと感慨深く、とてもこう我が強くなって勝手に振る舞うようにおなりになったのも、無理もないことと思われなさった。



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