第三章 夕霧の物語 匂宮と薫
3. 夕霧、薫をしみじみと見る
本文 |
現代語訳 |
大将は、この君を「まだえよくも見ぬかな」と思して、御簾の隙よりさし出でたまへるに、花の枝の枯れて落ちたるを取りて、見せたてまつりて、招きたまへば、走りおはしたり。 |
大将は、この若君を「まだよく見ていないな」とお思いになって、御簾の間からお顔をお出しになったところを、花の枝が枯れて落ちているのを取って、お見せ申して、お呼びなさると、走っていらっしゃった。 |
二藍の直衣の限りを着て、いみじう白う光りうつくしきこと、皇子たちよりもこまかにをかしげにて、つぶつぶときよらなり。なま目とまる心も添ひて見ればにや、眼居など、これは今すこし強うかどあるさままさりたれど、眼尻のとぢめをかしうかをれるけしきなど、いとよくおぼえたまへり。 |
二藍の直衣だけを着て、たいそう色白で光輝いてつやつやとかわいらしいこと、親王たちよりもいっそうきめこまかに整っていらっしゃって、まるまると太りおきれいである。何となくそう思って見るせいか、目つきなど、この子は少しきつく才走った様子は衛門督以上だが、目尻の切れが美しく輝いている様子など、とてもよく似ていらっしゃった。 |
口つきの、ことさらにはなやかなるさまして、うち笑みたるなど、「わが目のうちつけなるにやあらむ、大殿はかならず思し寄すらむ」と、いよいよ御けしきゆかし。 |
口もとが、特別にはなやかな感じがして、ほほ笑んでいるところなどは、「自分がふとそう思ったせいなのか、大殿はきっとお気づきであろう」と、ますますご心中が知りたい。 |
宮たちは、思ひなしこそ気高けれ、世の常のうつくしき稚児どもと見えたまふに、この君は、いとあてなるものから、さま異にをかしげなるを、見比べたてまつりつつ、 |
宮たちは、親王だと思うせいから気高くもみえるものの、世間普通のかわいらしい子供とお見えになるのだが、この君は、とても上品な一方で、特別に美しい様子なので、ご比較申し上げながら、 |
「いで、あはれ。もし疑ふゆゑもまことならば、父大臣の、さばかり世にいみじく思ひほれたまて、 |
「何と、かわいそうな。もし自分の疑いが本当なら、父大臣が、あれほどすっかり気落ちしていらして、 |
『子と名のり出でくる人だになきこと。形見に見るばかりの名残をだにとどめよかし』 |
『子供だと名乗って出て来る人さえいないことよ。形見と思って世話する者でもせめて遺してくれ』 |
と、泣き焦がれたまふに、聞かせたてまつらざらむ罪得がましさ」など思ふも、「いで、いかでさはあるべきことぞ」 |
と、泣き焦がれていらしたのに、お知らせ申し上げないのも罪なことではないか」などと思うが、「いや、どうしてそんなことがありえよう」 |
と、なほ心得ず、思ひ寄る方なし。心ばへさへなつかしうあはれにて、睦れ遊びたまへば、いとらうたくおぼゆ。 |
と、やはり納得がゆかず、推測のしようもない。気立てまでが優しくおとなしくて、じゃれていらっしゃるので、とてもかわいらしく思われる。 |