第一章 夕霧の物語 小野山荘訪問
6. 夕霧、落葉宮をかき口説く
本文 |
現代語訳 |
聞き入れたまふべくもあらず、悔しう、かくまでと思すことのみ、やる方なければ、のたまはむことはたましておぼえたまはず。 |
お聞き入れになるはずもなく、悔しい、こんな事にまでと、お思いになることばかりが、心を去らないので、返事のお言葉はまったく思い浮かびなさらない。 |
「いと心憂く、若々しき御さまかな。人知れぬ心にあまりぬる好き好きしき罪ばかりこそはべらめ、これより馴れ過ぎたることは、さらに御心許されでは御覧ぜられじ。いかばかり、千々に砕けはべる思ひに堪へぬぞや。 |
「まことに情けなく、子供みたいなお振る舞いですね。人知れない胸の中に思いあまった色めいた罪ぐらいはございましょうが、これ以上馴れ馴れし過ぎる態度は、まったくお許しがなければ致しません。どんなにか、千々に乱れて悲しみに堪え兼ねていますことか。 |
さりともおのづから御覧じ知るふしもはべらむものを、しひておぼめかしう、け疎うもてなさせたまふめれば、聞こえさせむ方なさに、いかがはせむ、心地なく憎しと思さるとも、かうながら朽ちぬべき愁へを、さだかに聞こえ知らせはべらむとばかりなり。言ひ知らぬ御けしきの辛きものから、いとかたじけなければ」 |
いくらなんでも自然とご存知になる事もございましょうに、無理に知らぬふりに、よそよそしくお扱いなさるようなので、申し上げるすべもないので、しかたがない、わきまえもなくけしからぬとお思いなさっても、このままでは朽ちはててしまいかねない訴えを、はっきりと申し上げて置きたいと思っただけです。言いようもないつれないおあしらいが辛く思われますが、まことに恐れ多いことですから」 |
とて、あながちに情け深う、用意したまへり。 |
と言って、努めて思いやり深く、気をつかっていらっしゃった。 |
障子を押さへたまへるは、いとものはかなき固めなれど、引きも開けず。 |
襖を押さえていらっしゃるのは、頼りにならない守りであるが、あえて引き開けず、 |
「かばかりのけぢめをと、しひて思さるらむこそあはれなれ」 |
「この程度の隔てをと、無理にお思いになるのがお気の毒です」 |
と、うち笑ひて、うたて心のままなるさまにもあらず。人の御ありさまの、なつかしうあてになまめいたまへること、さはいへどことに見ゆ。世とともにものを思ひたまふけにや、痩せ痩せにあえかなる心地して、うちとけたまへるままの御袖のあたりもなよびかに、気近うしみたる匂ひなど、取り集めてらうたげに、やはらかなる心地したまへり。 |
と、ついお笑いになって、思いやりのない振る舞いはしない。宮のご様子の、優しく上品で優美でいらっしゃること、何と言っても格別に思える。ずっと物思いに沈んでいらっしゃったせいか、痩せてか細い感じがして、普段着のままでいらっしゃるお袖の辺りもしなやかで、親しみやすく焚き込めた香の匂いなども、何もかもがかわいらしく、なよなよとした感じがしていらっしゃった。 |