第二章 落葉宮の物語 律師の告げ口
3. 御息所、小少将君に問い質す
本文 |
現代語訳 |
律師立ちぬる後に、小少将の君を召して、 |
律師が立ち去った後に、小少将の君を呼んで、 |
「かかることなむ聞きつる。いかなりしことぞ。などかおのれには、さなむ、かくなむとは聞かせたまはざりける。さしもあらじと思ひながら」 |
「これこれの事を聞きました。どうした事ですか。どうしてわたしには、これこれ、しかじかの事があったとお聞かせ下さらなかったのですか。そんな事はあるまいと思いますが」 |
とのたまへば、いとほしけれど、初めよりありしやうを、詳しう聞こゆ。今朝の御文のけしき、宮もほのかにのたまはせつるやうなど聞こえ、 |
とおっしゃると、お気の毒であるが、最初からのいきさつを、詳しく申し上げる。今朝のお手紙の様子、宮もかすかに仰せになった事などを申し上げ、 |
「年ごろ、忍びわたりたまひける心の内を、聞こえ知らせむとばかりにやはべりけむ。ありがたう用意ありてなむ、明かしも果てで出でたまひぬるを、人はいかに聞こえはべるにか」。 |
「長年、秘めていらしたお胸の中を、お耳に入れようというほどでございましたでしょうか。めったにないお心づかいで、夜も明けきらないうちにお帰りになりましたが、人はどのようなふうに申し上げたのでございましょうか」 |
律師とは思ひも寄らで、忍びて人の聞こえけると思ふ。ものものたまはで、いと憂く口惜しと思すに、涙ほろほろとこぼれたまひぬ。見たてまつるも、いといとほしう、「何に、ありのままに聞こえつらむ。苦しき御心地を、いとど思し乱るらむ」と悔しう思ひゐたり。 |
律師とは思いもよらず、こっそりと女房が申し上げたものと思っている。何もおっしゃらず、とても残念だとお思いになると、涙がぽろぽろとこぼれなさった。拝見するのも、まことにお気の毒で、「どうして、ありのままを申し上げてしまったのだろう。苦しいご気分を、ますますお胸を痛めていらっしゃるだろう」と後悔していた。 |
「障子は鎖してなむ」と、よろづによろしきやうに聞こえなせど、 |
「襖は懸金が懸けてありました」と、いろいろと適当に言いつくろって申し上げるが、 |
「とてもかくても、さばかりに、何の用意もなく、軽らかに人に見えたまひけむこそ、いといみじけれ。うちうちの御心きようおはすとも、かくまで言ひつる法師ばら、よからぬ童べなどは、まさに言ひ残してむや。人には、いかに言ひあらがひ、さもあらぬことと言ふべきにかあらむ。すべて、心幼き限りしも、ここにさぶらひて」 |
「どうあったにせよ、そのように近々と、何の用心もなく、軽々しく人とお会いになったことが、とんでもないのです。内心のお気持ちが潔白でいらっしゃっても、こうまで言った法師たちや、口さがない童などは、まさに言いふらさずには置くまい。世間の人には、どのように抗弁をし、何もなかった事と言うことができましょうか。皆、思慮の足りない者ばかりがここにお仕えしていて」 |
とも、えのたまひやらず。いと苦しげなる御心地に、ものを思しおどろきたれば、いといとほしげなり。気高うもてなしきこえむとおぼいたるに、世づかはしう、軽々しき名の立ちたまふべきを、おろかならず思し嘆かる。 |
と、最後までおっしゃれない。とても苦しそうなご容態の上に、心を痛めてびっくりなさったので、まことにお気の毒である。品高くお扱い申そうとお思いになっていたのに、色恋事の、軽々しい浮名がお立ちになるに違いないのを、並々ならずお嘆きにならずにはいられない。 |
「かうすこしものおぼゆる隙に、渡らせたまうべう聞こえよ。そなたへ参り来べけれど、動きすべうもあらでなむ。見たてまつらで、久しうなりぬる心地すや」 |
「このように少しはっきりしている間に、お越しになるよう申し上げなさい。あちらへお伺いすべきですが、動けそうにありません。お会いしないで、長くなってしまった気がしますわ」 |
と、涙を浮けてのたまふ。参りて、 |
と、涙を浮かべておっしゃる。参上して、 |
「しかなむ聞こえさせたまふ」 |
「しかじかと申されていらっしゃいます」 |
とばかり聞こゆ。 |
とだけ申し上げる。 |