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夕霧

第三章 一条御息所の物語 行き違いの不幸    

1. 御息所、夕霧に返書  

 

本文

現代語訳

 かしこよりまた御文あり。心知らぬ人しも取り入れて、

 あちらからまたお手紙がある。事情を知らない女房が受け取って、

 「大将殿より、少将の君にとて、御使ひあり」

 「大将殿から、少将の君にと言って、お使者があります」

 と言ふぞ、またわびしきや。少将、御文は取りつ。御息所、

 と言うのが、また辛いことであるよ。少将の君は、お手紙は受け取った。母御息所が、

 「いかなる御文にか」

 「どのようなお手紙ですか」

 と、さすがに問ひたまふ。人知れず思し弱る心も添ひて、下に待ちきこえたまひけるに、さもあらぬなめりと思ほすも、心騷ぎして、

 と、やはりお尋ねになる。人知れず弱気な考えも起こって、内心はお待ち申し上げていらしたのに、いらっしゃらないようだとお思いになると、胸騷ぎがして、

 「いで、その御文、なほ聞こえたまへ。あいなし。人の御名を善さまに言ひ直す人は難きものなり。そこに心きよう思すとも、しか用ゐる人は少なくこそあらめ。心うつくしきやうに聞こえ通ひたまひて、なほありしままならむこそ良からめ。あいなき甘えたるさまなるべし」

 「さあ、そのお手紙には、やはりお返事をなさい。失礼ですよ。一度立った噂を良いほうに言い直してくれる人はいないものです。あなただけ潔白だとお思いになっても、そのまま信用してくれる人は少ないものです。素直にお手紙のやりとりをなさって、やはり以前と同様なのが良いことでしょう。いいかげんな馴れ過ぎた態度というものでしょう」

 とて、召し寄す。苦しけれどたてまつりつ。

 とおっしゃって、取り寄せなさる。辛いけれども差し上げた。

 「あさましき御心のほどを見たてまつり表いてこそ、なかなか心やすく、ひたぶる心もつきはべりぬべけれ。

 「驚くほど冷淡なお心をはっきり拝見しては、かえって気楽になって、一途な気持ちになってしまいそうです。

 せくからに浅さぞ見えむ山川の

   流れての名をつつみ果てずは」

 拒むゆえに浅いお心が見えましょう

  山川の流れのように浮名は包みきれませんから」

 と言葉も多かれど、見も果てたまはず。

 と言葉も多いが、最後まで御覧にならない。

 この御文も、けざやかなるけしきにもあらで、めざましげに心地よ顔に、今宵つれなきを、いといみじと思す。

 このお手紙も、はっきりした態度でもなく、いかにも癪に障るようないい気な調子で、今夜訪れないのを、とてもひどいとお思いになる

 「故督の君の御心ざまの思はずなりし時、いと憂しと思ひしかど、おほかたのもてなしは、また並ぶ人なかりしかば、こなたに力ある心地して慰めしだに、世には心もゆかざりしを。あな、いみじや。大殿のわたりに思ひのたまはむこと」

 「故衛門督君が心外に思われた時、とても情けないと思ったが、表向きの待遇は、またとなく大事に扱われたので、こちらに権威のある気がして慰めていたのでさえ、満足ではなかったのに。ああ、何ということであろう。大殿のあたりでどうお思いになりおっしゃっていることだろうか」

 と思ひしみたまふ。

 と心をお痛めになる。

 「なほ、いかがのたまふと、けしきをだに見む」と、心地のかき乱りくるるやうにしたまふ目、おし絞りて、あやしき鳥の跡のやうに書きたまふ。

 「やはり、どのようにおっしゃるかと、せめて様子を窺ってみよう」と、気分がひどく悪く涙でかき曇ったような目、おし開けて、見にくい鳥の足跡のような字でお書きになる。

 「頼もしげなくなりにてはべる、訪らひに渡りたまへる折にて、そそのかしきこゆれど、いとはればれしからぬさまにものしたまふめれば、見たまへわづらひてなむ。

 「すっかり弱ってしまった、お見舞いにお越しになった折なので、お勧め申したのですが、まことに沈んだような様子でいらっしゃるようなので、見兼ねまして。

  女郎花萎るる野辺をいづことて

   一夜ばかりの宿を借りけむ」

 女郎花が萎れている野辺をどういうおつもりで

  一夜だけの宿をお借りになったのでしょう」

 と、ただ書きさして、おしひねりて出だしたまひて、臥したまひぬるままに、いといたく苦しがりたまふ。御もののけのたゆめけるにやと、人びと言ひ騒ぐ。

 と、ただ途中まで書いて、捻り文にしてお出しなさって、臥せっておしまいになったまま、とてもお苦しがりなさる。御物の怪が油断させていたのかと、女房たちは騒ぐ。

 例の、験ある限り、いと騒がしうののしる。宮をば、

 いつもの、効験のある僧すべてが、とても大声を出して祈祷する。宮に、

 「なほ、渡らせたまひね」

 「やはり、あちらにお移りあそばせ」

 と、人びと聞こゆれど、御身の憂きままに、後れきこえじと思せば、つと添ひたまへり。

 と、女房たちが申し上げるが、ご自身が辛く思うと同時に、後れ申すまいとお思いなので、ぴったりと付き添っていらっしゃった。



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