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夕霧

第二章 落葉宮の物語 律師の告げ口    

5.    御息所の嘆き  

 

本文

現代語訳

 苦しき御心地にも、なのめならずかしこまりかしづききこえたまふ。常の御作法あやまたず、起き上がりたまうて、

 苦しいご気分ながら、並々ならずかしこまって丁重にご応対申し上げなさる。いつものご作法と違わず、起き上がりなさって、

 「いと乱りがはしげにはべれば、渡らせたまふも心苦しうてなむ。この二、三日ばかり見たてまつらざりけるほどの、年月の心地するも、かつはいとはかなくなむ。後、かならずしも、対面のはべるべきにもはべらざめり。まためぐり参るとも、かひやははべるべき。

「とても見苦しい有様でおりますので、お越し頂くにもお気の毒に存じます。ここ二、三日ほど、拝見しませんでした期間が、年月がたったような気がし、また一方では心細い気がします。後の世で、必ずしもお会いできるとも限らないもののようでございます。再びこの世に生まれて参っても、何にもならないことでございましょう。

 思へば、ただ時の間に隔たりぬべき世の中を、あながちにならひはべりにけるも、悔しきまでなむ」

 考えてみれば、ただ一瞬一瞬の間に別れ別れにならねばならない世の中を、無理に馴れ親しんでまいりましたのも、悔しい気がします」

 など泣きたまふ。

 などとお泣きになる。

 宮も、もののみ悲しう取り集め思さるれば、聞こえたまふこともなくて見たてまつりたまふ。ものづつみをいたうしたまふ本性に、際々しうのたまひさはやぐべきにもあらねば、恥づかしとのみ思すに、いといとほしうて、いかなりしなども、問ひきこえたまはず。

 宮も、物悲しい思いばかりがせられて、申し上げる言葉もなくてただ拝見なさっている。ひどく内気なご性格で、はきはきと弁明をなさるような方ではないから、恥ずかしいとばかりお思いなので、とてもお気の毒になって、どのような事であったのですかなどと、お尋ね申し上げなさらない。

 大殿油など急ぎ参らせて、御台など、こなたにて参らせたまふ。もの聞こし召さずと聞きたまひて、とかう手づからまかなひ直しなどしたまへど、触れたまふべくもあらず。ただ御心地のよろしう見えたまふぞ、胸すこしあけたまふ。

 大殿油などを急いで灯させて、お膳など、こちらで差し上げなさる。何も召し上がらないとお聞きになって、あれこれと自分自身で食事を整え直しなさるが、箸もおつけにならない。ただご気分がよろしくお見えなので、少し胸がほっとなさる。



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