第三章 一条御息所の物語 行き違いの不幸
9. 御息所の葬儀
本文 |
現代語訳 |
今宵しもあらじと思ひつる事どものしたため、いとほどなく際々しきを、いとあへなしと思いて、近き御荘の人びと召し仰せて、さるべき事ども仕うまつるべく、おきて定めて出でたまひぬ。事のにはかなれば、削ぐやうなりつることども、いかめしう、人数なども添ひてなむ。大和守も、 |
まさか今夜ではあるまいと思っていた葬儀の準備が、実に短時間にてきぱきと整えられたのを、いかにもあっけないとお思いになって、近くの御荘園の人々をお呼びになりお命じになって、しかるべき事どもをお仕えするように、指図してお帰りになった。事が急なので、簡略になりがちであったのが、盛大になり、人数も多くなった。大和守も、 |
「ありがたき殿の御心おきて」 |
「有り難い殿のお心づかいだ」 |
など、喜びかしこまりきこゆ。「名残だになくあさましきこと」と、宮は臥しまろびたまへど、かひなし。親と聞こゆとも、いとかくはならはすまじきものなりけり。見たてまつる人びとも、この御事を、またゆゆしう嘆ききこゆ。大和守、残りのことどもしたためて、 |
などと、喜んでお礼申し上げる。「跡形もなくあっけないこと」と、宮は身をよじってお悲しみになるが、どうすることもできない。親と申し上げても、まことにこのように仲睦まじくするものではないのだった。拝見する女房たちも、このご悲嘆を、また不吉だと嘆き申し上げる。大和守は、後始末をして、 |
「かく心細くては、えおはしまさじ。いと御心の隙あらじ」 |
「このように心細い状態では、いらっしゃれまい。とてもお心の紛れることはありますまい」 |
など聞こゆれど、なほ、峰の煙をだに、気近くて思ひ出できこえむと、この山里に住み果てなむと思いたり。 |
などと申し上げるが、やはり、せめて峰の煙だけでも、側近くお思い出し申そうと、この山里で一生を終わろうとお考えになっていた。 |
御忌に籠もれる僧は、東面、そなたの渡殿、下屋などに、はかなき隔てしつつ、かすかにゐたり。西の廂をやつして、宮はおはします。明け暮るるも思し分かねど、月ごろ経ければ、九月になりぬ。 |
御忌中に籠もっていた僧は、東面や、そちらの渡殿、下屋などに、仮の仕切りを立てて、ひっそりとしていた。西の廂の間の飾りを取って、宮はお住まいになる。日の明け暮れもお分かりにならないが、いく月かが過ぎて、九月になった。 |