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夕霧

第三章 一条御息所の物語 行き違いの不幸    

8. 夕霧の弔問  

 

本文

現代語訳

 ほどさへ遠くて、入りたまふほど、いと心すごし。ゆゆしげに引き隔てめぐらしたる儀式の方は隠して、この西面に入れたてまつる。大和守出で来て、泣く泣くかしこまりきこゆ。妻戸の簀子におし掛かりたまうて、女房呼び出でさせたまふに、ある限り、心も収まらず、物おぼえぬほどなり。

 道のりまでも遠くて、山麓にお入りになるころ、じつにぞっとした気がする。不吉そうに幕を引き廻らした葬儀の方は目につかないようにして、この西面にお入れ申し上げる。大和守が出て来て、泣きながら挨拶を申し上げる。妻戸の前の簀子に寄り掛かりなさって、女房をお呼び出しなさるが、伺候する者みな、悲しみも収まらず、何も考えられない状態である。

 かく渡りたまへるにぞ、いささか慰めて、少将の君は参る。物もえのたまひやらず。涙もろにおはせぬ心強さなれど、所のさま、人のけはひなどを思しやるも、いみじうて、常なき世のありさまの、人の上ならぬも、いと悲しきなりけり。ややためらひて、

 このようにお越しになったので、すこし気持ちもほっとして、小少将の君は参った。何もおっしゃることができない。涙もろくはいらっしゃらない気丈な方であるが、場所柄、人の様子などをお思いやりになると、ひどく悲しくて、無常の世の有様が、他人事でもないのも、まことに悲しいのであった。少し気を落ち着けてから、

 「よろしうおこたりたまふさまに承りしかば、思うたまへたゆみたりしほどに。夢も覚むるほどはべなるを、いとあさましうなむ」

 「好くおなりになったように承っておりましたので、油断しておりました時に。夢でも醒める時がございますというのに、何とも思いがけないことで」

 と聞こえたまへり。「思したりしさま、これに多くは御心も乱れにしぞかし」と思すに、さるべきとは言ひながらも、いとつらき人の御契りなれば、いらへをだにしたまはず。

 と申し上げなさった。「ご心痛であったご様子、この方のために多くはお心も乱れになったのだ」とお思いになると、そうなる運命とはいっても、まことに恨めしい人とのご因縁なので、お返事さえなさらない。

 「いかに聞こえさせたまふとか、聞こえはべるべき」

 「どのように申し上げあそばしたかと、申し上げましょうか」

 「いと軽らかならぬ御さまにて、かくふりはへ急ぎ渡らせたまへる御心ばへを、思し分かぬやうならむも、あまりにはべりぬべし」

 「とても重々しいご身分で、このように遠路急いでお越しになったご厚志を、お分かりにならないようなのも、あまりというものでございましょう」

 と、口々聞こゆれば、

 と、口々に申し上げるので、

「ただ、推し量りて。我は言ふべきこともおぼえず」

 「ただ、よいように返事せよ。わたしはどう言ってよいか分かりません」

 とて、臥したまへるもことわりにて、

 とおっしゃって、臥せっていらっしゃるのも道理なので、

 「ただ今は、亡き人と異ならぬ御ありさまにてなむ。渡らせたまへるよしは、聞こえさせはべりぬ」

 「ただ今は、亡き人と同然のご様子でありまして。お出あそばしました旨は、お耳に入れ申し上げました」

 と聞こゆ。この人びともむせかへるさまなれば、

 と申し上げる。この女房達も涙にむせんでいる様子なので、

 「聞こえやるべき方もなきを。今すこしみづからも思ひのどめ、また静まりたまひなむに、参り来む。いかにしてかくにはかにと、その御ありさまなむゆかしき」

 「お慰め申し上げようもありませんが。もう少し、私自身も気が静まって、またお静まりになったころに、参りましょう。どうしてこのように急にと、そのご様子が知りたい」

 とのたまへば、まほにはあらねど、かの思ほし嘆きしありさまを、片端づつ聞こえて、

 とおっしゃると、すっかりではないが、あのお悩みになり嘆いていた様子を、少しずつお話し申し上げて、

 「かこちきこえさするさまになむ、なりはべりぬべき。今日は、いとど乱りがはしき心地どもの惑ひに、聞こえさせ違ふることどももはべりなむ。さらば、かく思し惑へる御心地も、限りあることにて、すこし静まらせたまひなむほどに、聞こえさせ承らむ」

 「恨み言を申し上げるようなことに、きっとなりましょう。今日は、いっそう取り乱したみなの気持ちのせいで、間違ったことを申し上げることもございましょう。それゆえ、このようにお悲しみに暮れていらっしゃるご気分も、きりのあるはずのことで、少しお静まりあそばしたころに、お話を申し上げ承りましょう」

 とて、我にもあらぬさまなれば、のたまひ出づることも口ふたがりて、

 と言って、正気もない様子なので、おっしゃる言葉も口に出ず、

 「げにこそ、闇に惑へる心地すれ。なほ、聞こえ慰めたまひて、いささかの御返りもあらばなむ」

 「なるほど、闇に迷った気がします。やはり、お慰め申し上げなさって、わずかのお返事でもありましたら」

 などのたまひおきて、立ちわづらひたまふも、軽々しう、さすがに人騒がしければ、帰りたまひぬ。

 などと言い残しなさって、ぐずぐずしていらっしゃるのも、身分柄軽々しく思われ、そうはいっても人目が多いので、お帰りになった。



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