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御法

第二章 紫の上の物語 紫の上の死と葬儀    

1. 紫の上の部屋に明石中宮の御座所を設ける  

 

本文

現代語訳

 秋待ちつけて、世の中すこし涼しくなりては、御心地もいささかさはやぐやうなれど、なほともすれば、かことがまし。さるは、身にしむばかり思さるべき秋風ならねど、露けき折がちにて過ぐしたまふ。

 ようやく待っていた秋になって、世の中が少し涼しくなってからは、ご気分も少しはさわやかになったようであるが、やはりどうかすると、何かにつけ悪くなることがある。といっても、身にしみるほどに思われなさる秋風ではないが、涙でしめりがちな日々をお過ごしになる。

 中宮は、参りたまひなむとするを、今しばしは御覧ぜよとも、聞こえまほしう思せども、さかしきやうにもあり、内裏の御使の隙なきもわづらはしければ、さも聞こえたまはぬに、あなたにもえ渡りたまはねば、宮ぞ渡りたまひける。

 中宮は、宮中に参内なさろうとするのを、もう暫くは御逗留をとも、申し上げたくお思いになるが、差し出がましいような気がし、宮中からのお使いがひっきりなしに見えるのも厄介なので、そのようにはお申し上げなさらず、あちらにもお渡りになることができないので、中宮がお越しなさった。

 かたはらいたけれど、げに見たてまつらぬもかひなしとて、こなたに御しつらひをことにせさせたまふ。「こよなう痩せ細りたまへれど、かくてこそ、あてになまめかしきことの限りなさもまさりてめでたかりけれ」と、来し方あまり匂ひ多く、あざあざとおはせし盛りは、なかなかこの世の花の薫りにもよそへられたまひしを、限りもなくらうたげにをかしげなる御さまにて、いとかりそめに世を思ひたまへるけしき、似るものなく心苦しく、すずろにもの悲し。

 恐れ多いことであるが、いかにもお目にかからずには張り合いがないということで、こちらに御座所を特別に設えさせなさる。「すっかり痩せ細っていらっしゃるが、こうしても、高貴で優美でいらっしゃることの限りなさも一段と素晴らしく見事である」と、今まで匂い満ちて華やかでいらっしゃった女盛りは、かえってこの世の花の香にも喩えられていらっしゃったが、この上もなく可憐で美しいご様子で、まことにかりそめの世と思っていらっしゃる様子、他に似るものもなくおいたわしく、何となく物悲しい。



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