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第三章 光る源氏の物語 紫の上追悼の秋冬の物語    

4. 源氏、出家の準備  

 

本文

現代語訳

 「御仏名も、今年ばかりにこそは」と思せばにや、常よりもことに、錫杖の声々などあはれに思さる。行く末ながきことを請ひ願ふも、仏の聞きたまはむこと、かたはらいたし。

 「御仏名も、今年限りだ」とお思いになればであろうか、例年よりも格別に、錫杖の声々などがしみじみと思われなさる。行く末長い将来を請い願うのも、仏が何とお聞きになろうかと、耳が痛い。

 雪いたう降りて、まめやかに積もりにけり。導師のまかづるを、御前に召して、盃など、常の作法よりもさし分かせたまひて、ことに禄など賜はす。年ごろ久しく参り、朝廷にも仕うまつりて、御覧じ馴れたる御導師の、頭はやうやう色変はりてさぶらふも、あはれに思さる。例の、宮たち、上達部など、あまた参りたまへり。

 雪がたいそう降って、たくさん積もった。導師が退出するのを、御前にお召しになって、盃など、平常の作法よりも格別になさって、特に禄などを下賜なさる。長年久しく参上し、朝廷にもお仕えして、よくご存知になられている御導師が、頭はだんだん白髪に変わって伺候しているのも、しみじみとお思われなさる。いつもの、親王たち、上達部などが、大勢参上なさった。

 梅の花の、わづかにけしきばみはじめて雪にもてはやされたるほど、をかしきを、御遊びなどもありぬべけれど、なほ今年までは、ものの音もむせびぬべき心地したまへば、時によりたるもの、うち誦じなどばかりぞせさせたまふ。

 梅の花が、わずかにほころびはじめて雪に引き立てられているのが、美しいので、音楽のお遊びなどもあるはずなのだが、やはり今年までは、楽の音にもむせび泣きしてしまいそうな気がなさるので、折に合うものを、口ずさむ程度におさせなさる。

 まことや、導師の盃のついでに、

 そう言えば、導師にお盃を賜る時に、

 「春までの命も知らず雪のうちに

   色づく梅を今日かざしてむ」

 「春までの命もあるかどうか分からないから

   雪の中に色づいた紅梅を今日は插頭にしよう」

 御返し、

 お返事は、

 「千世の春見るべき花と祈りおきて

   わが身ぞ雪とともにふりぬる」

 「千代の春を見るべくあなたの長寿を祈りおきましたが

   わが身は降る雪とともに年ふりました」

 人びと多く詠みおきたれど、もらしつ。

 人々も数多く詠みおいたが、省略した。

 その日ぞ、出でたまへる。御容貌、昔の御光にもまた多く添ひて、ありがたくめでたく見えたまふを、この古りぬる齢の僧は、あいなう涙もとどめざりけり。

 この日、初めて人前にお出になった。ご器量、昔のご威光にもまた一段と増して、素晴らしく見事にお見えになるのを、この年とった老齢の僧は、無性に涙を抑えられないのであった。

 年暮れぬと思すも、心細きに、若宮の、

 年が暮れてしまったとお思いになるにつけ、心細いので、若宮が、

 「儺やらはむに、音高かるべきこと、何わざをせさせむ」

 「追儺をするのに、高い音を立てるには、どうしたらよいでしょう」

 と、走りありきたまふも、「をかしき御ありさまを見ざらむこと」と、よろづに忍びがたし。

 と言って、走り回っていらっしゃるのも、「かわいいご様子を見なくなることだ」と、何につけ堪えがたい。

 「もの思ふと過ぐる月日も知らぬまに

   年もわが世も今日や尽きぬる」

 「物思いしながら過ごし月日のたつのも知らない間に

   今年も自分の寿命も今日が最後になったか」

 朔日のほどのこと、「常よりことなるべく」と、おきてさせたまふ。親王たち、大臣の御引出物、品々の禄どもなど、何となう思しまうけて、とぞ。

 元日の日のことを、「例年より格別に」と、お命じあそばす。親王方、大臣への御引出物や、人々への禄などを、またとなくご用意なさって、とあった。



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