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紅梅

第二章 匂兵部卿の物語 宮の御方に執心    

2. 匂宮、若君と語る   

 

本文

現代語訳

 中宮の上の御局より、御宿直所に出でたまふほどなり。殿上人あまた御送りに参る中に、見つけたまひて、

 中宮の上の御局から、ご宿直所にお出になるところである。殿上人が大勢お見送りに参上する中から、お見つけになって、

 「昨日は、などいと疾くはまかでにし。いつ参りつるぞ」などのたまふ。

 「昨日は、どうしてとても早く退出したのだ。いつ参ったのか」などとおっしゃる。

 「疾くまかではべりにし悔しさに、まだ内裏におはしますと人の申しつれば、急ぎ参りつるや」

 「早く退出いたしましたのが残念で、まだ宮中にいらっしゃると人が申しましたので、急いで参上したのですよ」

 と、幼げなるものから、馴れきこゆ。

 と、子供らしいものの、なれなれしく申し上げる。

 「内裏ならで、心やすき所にも、時々は遊べかし。若き人どもの、そこはかとなく集まる所ぞ」

 「宮中でなく、気楽な所でも、時々は遊びなさい。若い人たちが、誰彼となく集まる所だ」

 とのたまふ。この君召し放ちて語らひたまへば、人びとは、近うも参らず、まかで散りなどして、しめやかになりぬれば、

 とおっしゃる。この君を一人だけ呼んでお話になるので、他の人びとは、近くには参らず、退出して散って行ったりして、静かになったので、

 「春宮には、暇すこし許されためりな。いとしげう思しまとはすめりしを、時取られて人悪ろかめり」

 「春宮におかれては、お暇を少し許されたようだね。とてもひどくお目をかけられてお側離さずにいらっしゃったようだが、寵愛を奪われて体裁が悪いようだね」

 とのたまへば、

 とおっしゃるので、

 「まつはさせたまひしこそ苦しかりしか。御前にはしも」

 「お側から離してくださらず困ってしまいました。あなた様のお側でしたら」

 と、聞こえさしてゐたれば、

 と、途中まで申し上げて座っているので、

 「我をば、人げなしと思ひ離れたるとな。ことわりなり。されどやすからずこそ。古めかしき同じ筋にて、東と聞こゆなるは、あひ思ひたまひてむやと、忍びて語らひきこえよ」

 「わたしを、一人前でないと敬遠しているのだな。もっともだ。けれどおもしろくないな。古くさい同じ血筋で、東の御方と申し上げる方は、わたしと思い合ってくださろうかと、こっそりとよく申し上げてくれ」

 などのたまふついでに、この花をたてまつれば、うち笑みて、

 などとおっしゃる折に、この花を差し上げると、ほほ笑んで、

 「怨みてのちならましかば」

 「こちらから恨み言を言った後からだったら」

 とて、うちも置かず御覧ず。枝のさま、花房、色も香も世の常ならず。

 とおっしゃって、下にも置かず御覧になる。枝の様子や、花ぶさが、色も香も普通のとは違っている。

 「園に匂へる紅の、色に取られて、香なむ、白き梅には劣れるといふめるを、いとかしこく、とり並べても咲きけるかな」

 「園に咲き匂っている紅梅は、色に負けて、香は、白梅に劣ると言うようだが、とても見事に、色も香も揃って咲いているな」

 とて、御心とどめたまふ花なれば、かひありて、もてはやしたまふ。

 とおっしゃって、お心をとめていらっしゃる花なので、効があって、ご賞美なさる。



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