第二章 匂兵部卿の物語 宮の御方に執心
3. 匂宮、宮の御方を思う
本文 |
現代語訳 |
「今宵は宿直なめり。やがてこなたにを」 |
「今夜は宿直のようだ。そのままこちらに」 |
と、召し籠めつれば、春宮にもえ参らず、花も恥づかしく思ひぬべく香ばしくて、気近く臥せたまへるを、若き心地には、たぐひなくうれしくなつかしう思ひきこゆ。 |
と、呼んだままお離しにならないので、春宮にも参上できず、花も恥ずかしく思うくらい香ばしい匂いで、お側近くに寝かせなさったので、子供心に、またとなく嬉しく慕わしくお思い申し上げる。 |
「この花の主人は、など春宮には移ろひたまはざりし」 |
「この花の主人は、どうして春宮には行かれなかったのだ」 |
「知らず。心知らむ人になどこそ、聞きはべりしか」 |
「存じません。ものの分かる方になどと、聞いておりました」 |
など語りきこゆ。「大納言の御心ばへは、わが方ざまに思ふべかめれ」と聞き合はせたまへ管、思ふ心は異にしみぬれば、この返りこと、けざやかにものたまひやらず。 |
などとお答え申し上げる。「大納言のお気持ちは、実の娘を考えているようだ」と思い合わせなさるが、思っていらっしゃる心は別のほうなので、このお返事は、はっきりとはおっしゃらない。 |
翌朝、この君のまかづるに、なほざりなるやうにて、 |
翌朝、この君が退出する時に、気のりしない態度で、 |
「花の香に誘はれぬべき身なりせば 風のたよりを過ぐさましやは」 |
「花の香に誘われそうな身であったら 風の便りをそのまま黙っていましょうか」 |
さて、「なほ今は、翁どもにさかしらせさせで、忍びやかに」と、返す返すのたまひて、この君も、東のをば、やむごとなく睦ましう思ひましたり。 |
そうして、「やはり今は、老人たちに出しゃばらせずに、こっそりと」と、繰り返しおっしゃって、この君も、東の御方を、大切に親しく思う気持ちが増した。 |
なかなか異方の姫君は、見えたまひなどして、例の兄弟のさまなれど、童心地に、いと重りかにあらまほしうおはする心ばへを、「かひあるさまにて見たてまつらばや」と思ひありくに、春宮の御方の、いとはなやかにもてなしたまふにつけて、同じこととは思ひながら、いと飽かず口惜しければ、「この宮をだに、気近くて見たてまつらばや」と思ひありくに、うれしき花のついでなり。 |
かえって他の姫君たちは、お顔をお見せになったりして、普通の姉弟みたいな様子であるが、子供心に、とても重々しく理想的でいらっしゃるご性質を、「お世話しがいのある方と結婚させてあげたいものだ」と日頃思っていたが、春宮の御方が、たいそう華やかなお暮らしでいらっしゃるのにつけて、同じ嬉しいこととは思うものの、とてもたまらなく残念なので、「せめてこの宮だけでも身近に拝見したいものだ」と思ってうろうろしている時に、嬉しい花の便りのきっかけである。 |