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紅梅

第二章 匂兵部卿の物語 宮の御方に執心    

4. 按察使大納言と匂宮、和歌を贈答   

 

本文

現代語訳

 これは、昨日の御返りなれば見せたてまつる。

 これは、昨日のお返事なのでお見せ申し上げる。

 「ねたげにものたまへるかな。あまり好きたる方にすすみたまへるを、許しきこえずと聞きたまひて、右の大臣、われらが見たてまつるには、いとものまめやかに、御心をさめたまふこそをかしけれ。あだ人とせむに、足らひたまへる御さまを、しひてまめだちたまはむも、見所少なくやならまし」

 「憎らしくもおっしゃるなあ。あまりに好色な方面に度が過ぎていらっしゃるのを、お許し申し上げないとお聞きになって、右大臣や、わたしどもが拝見するには、とてもまじめに、お心を抑えていらっしゃるのがおもしろい。好色人というのに、資格十分なご様子を、無理してまじめくさっていらっしゃるのも、見所が少なくなることになろうに」

 など、しりうごちて、今日も参らせたまふに、また、

 などと、悪口を言って、今日も参らせなさるついでに、また、

 「本つ香の匂へる君が袖触れば

   花もえならぬ名をや散らさむ

 「もともとの香りが匂っていらっしゃるあなたが袖を振ると

   花も素晴らしい評判を得ることでしょう

 とすきずきしや。あなかしこ」

 と好色がましく、恐縮です」

 と、まめやかに聞こえたまへり。まことに言ひなさむと思ふところあるにやと、さすがに御心ときめきしたまひて、

 と、本気にお申し込みになった。本当に結婚させようと考えているところがあるのだろうかと、そうはいってもお心をときめかしなさって、

 「花の香を匂はす宿に訪めゆかば

   色にめづとや人の咎めむ」

 「花の香を匂わしていらっしゃる宿に訪ねていったら

   好色な人だと人が咎めるのではないでしょうか」

 など、なほ心とけずいらへたまへるを、心やましと思ひゐたまへり。

 など、やはり胸の内を明かさないでお答えなさるので、憎らしいと思っていらっしゃった。

 北の方まかでたまひて、内裏わたりのことのたまふついでに、

 北の方が退出なさって、宮中辺りのことをおっしゃる折に、

 「若君の、一夜、宿直して、まかり出でたりし匂ひの、いとをかしかりしを、人はなほと思ひしを、宮の、いと思ほし寄りて、『兵部卿宮に近づききこえにけり。うべ、我をばすさめたり』と、けしきとり、怨じたまへりしか。ここに、御消息やありし。さも見えざりしを」

 「若君が、先夜、宿直をして、退出した時の匂いが、とても素晴らしかったので、人は普通の香と思ったが、東宮が、よくお気づきなさって、『兵部卿宮にお近づき申したのだ。なるほど、わたしを嫌ったわけだ』と、様子を理解して、恨んでいらっしゃった。こちらに、お手紙がありましたか。そのようにも見えませんでしたが」

 とのたまへば、

 とおっしゃると、

 「さかし。梅の花めでたまふ君なれば、あなたのつまの紅梅、いと盛りに見えしを、ただならで、折りてたてまつれたりしなり。移り香は、げにこそ心ことなれ。晴れまじらひしたまはむ女などは、さはえしめぬかな。

 「その通り。梅の花を賞美なさる君なので、あちらの建物の端の紅梅が、たいそう盛りに見えたのを、放っておけず、折って差し上げたのです。移り香は、なるほど格別です。晴れがましい宮中勤めをなさるような女君などは、あのようには焚きしめられないな。

 源中納言は、かうざまに好ましうはたき匂はさで、人柄こそ世になけれ。あやしう、前の世の契りいかなりける報いにかと、ゆかしきことにこそあれ。

 源中納言は、このように風流に焚きしめて匂わすのではなく、人柄が世に又とない。不思議と、前世の宿縁がどんなであったのかと、知りたいほどだ。

 同じ花の名なれど、梅は生ひ出でけむ根こそあはれなれ。この宮などのめでたまふ、さることぞかし」

 同じ花の名であるが、梅は生え出た根ざしが大したものだ。この宮などが賞美なさるのは、もっもなことだ」

 など、花によそへても、まづかけきこえたまふ。

 などと、花にかこつけて、まずはお噂申し上げなさる。



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