第二章 玉鬘邸の物語 梅と桜の季節の物語
1. 正月、夕霧、玉鬘邸に年賀に参上
本文 |
現代語訳 |
睦月の朔日ころ、尚侍の君の御兄弟の大納言、「高砂」謡ひしよ、藤中納言、故大殿の太郎、真木柱の一つ腹など参りたまへり。右の大臣も、御子ども六人ながらひき連れておはしたり。御容貌よりはじめて、飽かぬことなく見ゆる人の御ありさまおぼえなり。 |
正月朔日ころ、尚侍の君のご兄弟の大納言、「高砂」を謡った方だが、藤中納言、故大殿の太郎君で、真木柱と同じ母親の方などが参賀にいらっしゃった。右大臣も、ご子息たちを六人そのままお連れしていらっしゃった。ご器量をはじめとして、非のうちどころなく見える方のご様子やご評判である。 |
君たちも、さまざまいときよげにて、年のほどよりは、官位過ぎつつ、何ごと思ふらむと見えたるべし。世とともに、蔵人の君は、かしづかれたるさま異なれど、うちしめりて思ふことあり顔なり。 |
ご子息たちも、それぞれとても美しくて、年齢の割合には、官位も進んで、きっと何の物思いもなく見えたであろう。いつも、蔵人の君は、大切にされていることは格別であるが、ふさぎ込んで悩み事のある顔をしている。 |
大臣は、御几帳隔てて、昔に変らず御物語聞こえたまふ。 |
大臣は、御几帳を隔てて、昔と変わらずお話し申し上げなさる。 |
「そのこととなくて、しばしばもえうけたまはらず。年の数添ふままに、内裏に参るより他のありき、うひうひしうなりにてはべれば、いにしへの御物語も、聞こえまほしき折々多く過ぐしはべるをなむ。 |
「これという用事もなくて、たびたびお話を承ることもできません。年齢が加わるとともに、宮中に参内する以外の外歩きなども、億劫になってしまいましたので、昔のお話も、申し上げたい時々も多くそのままになってしまいました。 |
若き男どもは、さるべきことには召しつかはせたまへ。かならずその心ざし御覧ぜられよと、いましめはべり」など聞こえたまふ。 |
若い男の子たちは、何かの時にはお呼びになってお使いください。かならずその気持ちを見て戴くようにと、言い聞かせてあります」など申し上げなさる。 |
「今は、かく、世に経る数にもあらぬやうになりゆくありさまを、思し数まふるになむ、過ぎにし御ことも、いとど忘れがたく思うたまへられける」 |
「今では、このように、世間の人数にも入らぬ者のようになって行く有様を、お心に掛けてくださるので、亡くなった方のことも、ますます忘れ難く存じられるます」 |
と申したまひけるついでに、院よりのたまはすること、ほのめかし聞こえたまふ。 |
と申し上げなさったついでに、院から仰せになったことを、ちらっと申し上げなさる。 |
「はかばかしう後見なき人の交じらひは、なかなか見苦しきをと、思ひたまへなむわづらふ」 |
「これといった後見のない人の宮仕えは、かえって見苦しいと、あれこれ考えあぐねております」 |
と申したまへば、 |
と申し上げなさるので、 |
「内裏に仰せらるることあるやうに承りしを、いづ方に思ほし定むべきことにか。院は、げに、御位を去らせたまへるにこそ、盛り過ぎたる心地すれど、世にありがたき御ありさまは、古りがたくのみおはしますめるを、よろしう生ひ出づる女子はべらましかばと、思ひたまへよりながら、恥づかしげなる御中に、交じらふべき物のはべらでなむ、口惜しう思ひたまへらるる。 |
「帝にも仰せられることがあるようにお聞きいたしておりましたが、どちらにお決めなさるべきでしょうか。院は、なるほど、お位を退かれあそばしました点では、盛りの過ぎた感じもしますが、世に二人といない御様子は、いっこうに変わらずにいらっしゃるようですので、人並みに成人した娘がおりましたらと、存じておりますが、立派な方々のお仲間入りできる者がございませんで、残念に存じております。 |
そもそも、女一の宮の女御は、許しきこえたまふや。さきざきの人、さやうの憚りにより、とどこほることもはべりかし」 |
そもそも、女一宮の母女御は、お許し申し上げなさるでしょうか。これまでの方では、そのような遠慮によって、止めにしたこともございました」 |
と申したまへば、 |
と申し上げなさると、 |
「女御なむ、つれづれにのどかになりにたるありさまも、同じ心に後見て、慰めまほしきをなど、かの勧めたまふにつけて、いかがなどだに思ひたまへよるになむ」 |
「女御が、する事もなくのんびりとなった生活も、同じ気持ちでお世話して、気を晴らしたいなどと、その方がお勧めなさったことにかこつけて、せめてどうしたらよいものかと思案しております」 |
と聞こえたまふ。 |
と申し上げなさる。 |
これかれ、ここに集まりたまひて、三条の宮に参りたまふ。朱雀院の古き心ものしたまふ人びと、六条院の方ざまのも、かたがたにつけて、なほかの入道宮をば、えよきず参りたまふなめり。この殿の左近中将、右中弁、侍従の君なども、やがて大臣の御供に出でたまひぬ。ひき連れたまへる勢ひことなり。 |
あの方この方と、こちらにお集まりになって、三条宮に参上なさる。朱雀院の昔から御厚誼のある方々、六条院の側の方々も、それぞれにつけて、やはりあの入道の宮を、素通りできず参上なさるようである。この殿の左近中将、右中弁、侍従の君なども、そのまま大臣のお供してお出になった。引き連れていらっしゃった威勢は格別である。 |