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竹河

第二章 玉鬘邸の物語 梅と桜の季節の物語    

2. 薫君、玉鬘邸に年賀に参上   

 

本文

現代語訳

 夕つけて、四位侍従参りたまへり。そこらおとなしき若君達も、あまたさまざまに、いづれかは悪ろびたりつる。皆めやすかりつる中に、立ち後れてこの君の立ち出でたまへる、いとこよなく目とまる心地して、例の、ものめでする若き人たちは、「なほ、ことなりけり」など言ふ。

 夕方になって、四位侍従が参上なさった。大勢の成人した若公達も、みなそれぞれに、どの人が劣っていようか。みな感じのよい方の中で、ひと足後れてこの君がお姿をお見せになったのが、たいそう際立って目に止まった感じがして、例によって、熱中しやすい若い女房たちは、「やはり、格別だわ」などと言う。

 「この殿の姫君の御かたはらには、これをこそさし並べて見め」

 「この殿の姫君のお側には、この方をこそ並べて見たい」

 と、聞きにくく言ふ。げに、いと若うなまめかしきさまして、うちふるまひたまへる匂ひ香など、世の常ならず。「姫君と聞こゆれど、心おはせむ人は、げに人よりはまさるなめりと、見知りたまふらむかし」とぞおぼゆる。

 と、聞きにくいことを言う。なるほど、実に若く優美な姿態をして、振る舞っていらっしゃる匂い香など、尋常のものでない。「姫君と申し上げても、物ごとのお分りになる方は、本当に人よりは優れているようだと、ご納得なさるに違いない」と思われる。

 尚侍の殿、御念誦堂におはして、「こなたに」とのたまへれば、東の階より昇りて、戸口の御簾の前にゐたまへり。御前近き若木の梅、心もとなくつぼみて、鴬の初声もいとおほどかなるに、いと好かせたてまほしきさまのしたまへれば、人びとはかなきことを言ふに、言少なに心にくきほどなるを、ねたがりて、宰相の君と聞こゆる上臈の詠みかけたまふ。

 尚侍の殿は、御念誦堂にいらして、「こちらに」とおっしゃるので、東の階段から昇って、戸口の御簾の前にお座りになった。お庭先の若木の梅が、頼りなさそうに蕾んで、鴬の初音もとてもたどたどしい声で鳴いて、まことに好き心を挑発してみたくなる様子をしていらっしゃるので、女房たちが戯れ言を言うと、言葉少なに奥ゆかしい態度なのを、悔しがって、宰相の君と申し上げる上臈が詠み掛けなさる。

 「折りて見ばいとど匂ひもまさるやと

   すこし色めけ梅の初花」

 「手折ってみたらますます匂いも勝ろうかと

   もう少し色づいてみてはどうですか、梅の初花」

 「口はやし」と聞きて、

 「詠みぶりが早いな」と感心して、

 「よそにてはもぎ木なりとや定むらむ

   下に匂へる梅の初花

 「傍目には枯木だと決めていましょうが

   心の中は咲き匂っていつ梅の初花ですよ

 さらば袖触れて見たまへ」など言ひすさぶに、

 そう言うなら手を触れて御覧なさい」などと冗談を言うと、

 「まことは色よりも」と、口々、引きも動かしつべくさまよふ。

 「本当は色よりも」と、口々に、袖を引っ張らんばかりに付きまとう。

 尚侍の君、奥の方よりゐざり出でたまひて、

 尚侍の君は、奥の方からいざり出ていらっしゃって、

 「うたての御達や。恥づかしげなるまめ人をさへ、よくこそ、面無けれ」

 「困った人達だわ。気恥ずかしそうなお堅い方までを、よくもまあ、厚かましくも」

 と忍びてのたまふなり。「まめ人とこそ、付けられたりけれ。いと屈じたる名かな」と思ひゐたまへり。主人の侍従、殿上などもまだせねば、所々もありかで、おはしあひたり。浅香の折敷、二つばかりして、くだもの、盃ばかりさし出でたまへり。

 と小声でおっしゃるようである。「堅物と、あだ名されたようだ。まったく情けない名だな」と思っていらっしゃった。この家の侍従は、殿上などもまだしないので、あちらこちら年賀回りなどせずに、居合わせていらっしゃった。浅香の折敷、二つほどに、果物、盃などを差し出しなさった。

 「大臣は、ねびまさりたまふままに、故院にいとようこそ、おぼえたてまつりたまへれ。この君は、似たまへるところも見えたまはぬを、けはひのいとしめやかに、なまめいたるもてなししもぞ、かの御若盛り思ひやらるる。かうざまにぞおはしけむかし」

 「大臣は、年をお取りになるにつれて、故院にとてもよくお似通い申していらっしゃる。この君は、似ていらっしゃるところもお見えにならないが、感じがとてもしとやかで、優美な態度が、あのお若い盛りの頃が思いやられてならない。このようなふうでいらっしゃったのであろうよ」

 など、思ひ出でられたまひて、うちしほれたまふ。名残さへとまりたる香うばしさを、人びとはめでくつがへる。

 となどと、お思い出し申し上げなさって、しんみりとしていらっしゃる。後に残った香の薫りまでを、女房たちは誉めちぎっている。



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