第二章 玉鬘邸の物語 梅と桜の季節の物語
8. 姫君たち、桜花を惜しむ和歌を詠む
本文 |
現代語訳 |
君達は、花の争ひをしつつ明かし暮らしたまふに、風荒らかに吹きたる夕つ方、乱れ落つるがいと口惜しうあたらしければ、負け方の姫君、 |
姫君たちは、花の争いをしながら日を送っていらっしゃると、風が激しく吹いている夕暮に、乱れ散るのがまことに残念で惜しいので、負け方の姫君は、 |
「桜ゆゑ風に心の騒ぐかな 思ひぐまなき花と見る見る」 |
「桜のせいで吹く風ごとに気が揉めます わたしを思ってくれない花だと思いながらも」 |
御方の宰相の君、 |
御方の宰相の君が、 |
「咲くと見てかつは散りぬる花なれば 負くるを深き恨みともせず」 |
「咲いたかと見ると一方では散ってしまう花なので 負けて木を取られたことを深く恨みません」 |
と聞こえ助くれば、右の姫君、 |
とお助け申し上げると、右方の姫君は、 |
「風に散ることは世の常枝ながら 移ろふ花をただにしも見じ」 |
「風に散ることは世の常のことですが、枝ごとそっくり こちらの木になった花を平気で見ていられないでしょう」 |
この御方の大輔の君、 |
こちらの御方の大輔の君が、 |
「心ありて池のみぎはに落つる花 あわとなりてもわが方に寄れ」 |
「こちらに味方して池の汀に散る花よ 水の泡となってもこちらに流れ寄っておくれ」 |
勝ち方の童女おりて、花の下にありきて、散りたるをいと多く拾ひて、持て参れり。 |
勝ち方の女の童が下りて、花の下を歩いて、散った花びらをたいそうたくさん拾って、持って参った。 |
「大空の風に散れども桜花 おのがものとぞかきつめて見る」 |
「大空の風に散った桜の花を わたしのものと思って掻き集めて見ました」 |
左のなれき、 |
左方のなれきが、 |
「桜花匂ひあまたに散らさじと おほふばかりの袖はありやは |
「桜の花のはなやかな美しさを方々に散らすまいとしても 大空を覆うほど大きな袖がございましょうか |
心せばげにこそ見ゆめれ」など言ひ落とす。 |
心が狭く思われます」などと悪口を言う。 |