TOP  総目次  源氏物語目次   前へ 次へ
竹河

第二章 玉鬘邸の物語 梅と桜の季節の物語    

7. 蔵人少将、姫君たちを垣間見る   

 

本文

現代語訳

 中将など立ちたまひてのち、君たちは、打ちさしたまへる碁打ちたまふ。昔より争ひたまふ桜を賭物にて、

 中将などがお立ちになった後、姫君たちは、途中で打ち止めていらした碁を打ちになる。昔からお争いになる桜を賭物として、

 「三番に、数一つ勝ちたまはむ方には、なほ花を寄せてむ」

 「三番勝負で、一つ勝ち越しになった方に、やはり花を譲りましょう」

 と、戯れ交はし聞こえたまふ。暗うなれば、端近うて打ち果てたまふ。御簾巻き上げて、人びと皆挑み念じきこゆ。折しも例の少将、侍従の君の御曹司に来たりけるを、うち連れて出でたまひにければ、おほかた人少ななるに、廊の戸の開きたるに、やをら寄りてのぞきけり。

 と、ふざけて申し合いなさる。暗くなったので、端近くで打ち終えなさる。御簾を巻き上げて、女房たちが皆競い合ってお祈り申し上げる。ちょうどその時、いつもの蔵人少将が、藤侍従の君のお部屋に来ていたのだが、兄弟連れ立ってお出になったので、だいたいが人の少ない上に、廊の戸が開いていたので、静かに近寄って覗き込んだ。

 かう、うれしき折を見つけたるは、仏などの現れたまへらむに参りあひたらむ心地するも、はかなき心になむ。夕暮の霞の紛れは、さやかならねど、つくづくと見れば、桜色のあやめも、それと見分きつ。げに、散りなむ後の形見にも見まほしく、匂ひ多く見えたまふを、いとど異ざまになりたまひなむこと、わびしく思ひまさらる。若き人びとのうちとけたる姿ども、夕映えをかしう見ゆ。右勝たせたまひぬ。「高麗の乱声、おそしや」など、はやりかに言ふもあり。

 このように、嬉しい機会を見つけたのは、仏などが姿を現しなさった時に出会ったような気がするのも、あわれな恋心というものである。夕暮の霞に隠れて、はっきりとはしないが、よくよく見ると、桜色の色目も、はっきりそれと分かった。なるほど、花の散った後の形見として見たく、美しさがいっぱいお見えなのを、ますますよそに嫁ぎなさることを、侘しく思いがまさる。若い女房たちのうちとけている姿、姿が、夕日に映えて美しく見える。右方がお勝ちあそばした。「高麗の乱声が、遅い」などと、はしゃいで言う女房もいる。

 「右に心を寄せたてまつりて、西の御前に寄りてはべる木を、左になして、年ごろの御争ひの、かかれば、ありつるぞかし」

 「右方にお味方申し上げて、西のお庭先の近くにあります木を、左方のものだとし、長年のお争いが、そのようなわけで、続いたのでございますよ」

と、右方は心地よげにはげましきこゆ。何ごとと知らねど、をかしと聞きて、さしいらへもせまほしけれど、「うちとけたまへる折、心地なくやは」と思ひて、出でて去ぬ。「また、かかる紛れもや」と、蔭に添ひてぞ、うかがひありきける。

 と、右方は気持ちよさそうに応援申し上げる。どのような事情でと知りらないが、おもしろいと聞いて、返事もしたいが、「寛いでいらっしゃる時に、心ない態度では」と思って、邸をお出になった。「再び、このような機会はないか」と、物蔭に隠れて、窺い歩くのであった。



TOP  総目次  源氏物語目次 ページトップへ  前へ 次へ