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竹河

第三章 玉鬘の大君の物語 冷泉院に参院   

2. 蔵人少将、藤侍従を訪問   

 

本文

現代語訳

 かひなきことも言はむとて、例の、侍従の曹司に来たれば、源侍従の文をぞ見ゐたまへりける。ひき隠すを、さなめりと見て、奪ひ取りつ。「ことあり顔にや」と思ひて、いたうも隠さず。そこはかとなく、ただ世を恨めしげにかすめたり。

 愚痴でもこぼそうと思って、いつものように、藤侍従のお部屋に来たところ、源侍従の手紙を見ていらっしゃるのであった。さっと隠すので、さてはと思って、奪い取った。「意味有りげな顔にとられては」と思って、強く隠さない。どことなく、ただ男女関係のつれなさを恨めしそうに書いてあった。

 「つれなくて過ぐる月日をかぞへつつ

   もの恨めしき暮の春かな」

 「わたしの気持ちを分かっていただけずに過ぎてゆく年月を数えていますと

   恨めしくも春の暮になりました」

 「人はかうこそ、のどやかにさまよくねたげなめれ、わがいと人笑はれなる心焦られを、かたへは目馴れて、あなづりそめられにたる」など思ふも、胸痛ければ、ことにものも言はれで、例、語らふ中将の御許の曹司の方に行くも、例の、かひあらじかしと、嘆きがちなり。

 「他人はこのように、悠長に体裁よく恨んでいるようだが、自分のまことに物笑いになる焦りかたを、一つには馴れっこになって、軽んじられることになってしまったのだ」と思うのも、胸が痛むので、特に何も言うことができず、いつも、親しくしている中将のおもとのお部屋の方に行くが、例によって、効のないことだと、溜息をつきがちである。

 侍従の君は、「この返りことせむ」とて、上に参りたまふを見るに、いと腹立たしうやすからず、若き心地には、ひとへにものぞおぼえける。

 侍従の君は、「この返事をしよう」と思って、母上のもとに参上なさるのを見ると、実に腹立たしくおもしろくなく、若いだけに、一途に思いつめているのであった。

 あさましきまで恨み嘆けば、この前申しも、あまり戯れにくく、いとほしと思ひて、いらへもをさをさせず。かの御碁の見証せし夕暮のことも言ひ出でて、

 見苦しいまでに恨み嘆くので、この取次役も、たいして冗談にもできず、お気の毒と思って、返事もなかなかしない。あの碁に立ち会った夕暮のことも言い出して、

 「さばかりの夢をだに、また見てしがな。あはれ、何を頼みにて生きたらむ。かう聞こゆることも、残り少なうおぼゆれば、つらきもあはれ、といふことこそ、まことなりけれ」

 「あれくらいの夢でも、再び見たいものだなあ。ああ、何を頼みにして生きていよう。このように申し上げることも、寿命少なく思われますので、つれない仕打ちも懐かしい、ということは、本当ですね」

 と、いとまめだちて言ふ。「あはれと、言ひやるべき方なきことなり。かの慰めたまふらむ御さま、つゆばかりうれしと思ふべきけしきもなければ、げに、かの夕暮の顕証なりけむに、いとどかうあやにくなる心は添ひたるならむ」と、ことわりに思ひて、

 と、実に真顔になって言う。「お気の毒だと言って、も慰めようもないことである。あのお慰め下さるというお話は、少しも嬉しいと思うような様子もないので、なるほど、あの夕暮のはっきりと見えたことに、ますますこのように無闇な思いが募ったのだろう」と、無理もないことに思って、

 「聞こしめさせたらば、いとどいかにけしからぬ御心なりけりと、疎みきこえたまはむ。心苦しと思ひきこえつる心も失せぬ。いとうしろめたき御心なりけり」

 「お耳にあそばしたら、ますますなんとけしからぬお心の人なのだと、お恨み申されましょう。お気の毒だとお思い申していました気持ちもなくなってしまいました。とても油断のできないお方だったのですね」

 と、向ひ火つくれば、

 と、反対に文句を言うと、

 「いでや、さはれや。今は限りの身なれば、もの恐ろしくもあらずなりにたり。さても負けたまひしこそ、いといとほしかりしか。おいらかに召し入れてやは。目くはせたてまつらましかば、こよなからましものを」など言ひて、

 「ええい、どうともなれ。もうおしまいの身だから、何も恐くはなくなってしまった。それにしてもお負けになったことが、実にお気の毒であった。あっさりと招き入れてくれたら。目配せ申したら、絶対に勝ったろうものを」などと言って、

 「いでやなぞ数ならぬ身にかなはぬは

   人に負けじの心なりけり」

 「いったい何ということか、物の数でもない身なのに

   かなえることができないのは負けじ魂だとは」

 中将、うち笑ひて、

 中将は、吹き出して、

 「わりなしや強きによらむ勝ち負けを

   心一つにいかがまかする」

 「無理なこと、強い方が勝つ勝負事を

   あなたのお心一つでどうなりましょう」

 といらふるさへぞ、つらかりける。

 と答えるのさえ、辛いことであった。

 「あはれとて手を許せかし生き死にを

   君にまかするわが身とならば」

 「かわいそうだと思って、姫君をわたしに許してください

   この先の生死はあなた次第のわが身と思われるならば」

 泣きみ笑ひみ、語らひ明かす。

 泣いたり笑ったりしながら、一晩中語らい明かす。



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