第三章 玉鬘の大君の物語 冷泉院に参院
3. 四月一日、蔵人少将、玉鬘へ和歌を贈る
本文 |
現代語訳 |
またの日は、卯月になりにければ、兄弟の君たちの、内裏に参りさまよふに、いたう屈じ入りて眺めゐたまへれば、母北の方は、涙ぐみておはす。大臣も、 |
翌日は、四月になったので、兄弟の君たちが、宮中に参内するために慌ただしくしているのに、ひどく萎れて物思いに沈んでいらっしゃるので、母北の方は、涙ぐんでいらっしゃる。大臣も、 |
「院の聞こしめすところもあるべし。何にかは、おほなおほな聞き入れむ、と思ひて、くやしう、対面のついでにも、うち出で聞こえずなりにし。みづからあながちに申さましかば、さりともえ違へたまはざらまし」 |
「院がお耳にあそばすこともあろう。どうして、真剣に聞き入れてくれることがあろう、と思って、悔しいことに、お会いした時に申し上げずじまいだった。自分が無理を押して申し上げたら、いくらなんでもお断りになならなかっただろうに」 |
などのたまふ。さて、例の、 |
などとおっしゃる。そのようなことがあって、例のように、 |
「花を見て春は暮らしつ今日よりや しげき嘆きの下に惑はむ」 |
「花を見て春は過ごしました。今日からは 茂った木の下で途方に暮れることでしょう」 |
と聞こえたまへり。 |
と申し上げなさった。 |
御前にて、これかれ上臈だつ人びと、この御懸想人の、さまざまにいとほしげなるを聞こえ知らするなかに、中将の御許、 |
御前において、あれこれ上臈めいた女房たち、この懸想人が、いろいろと気の毒なことをお話し申し上げる中で、中将のおもとが、 |
「生き死にをと言ひしさまの、言にのみはあらず、心苦しげなりし」 |
「生き死にをと言った様子が、言葉だけではなく、お気の毒でした」 |
など聞こゆれば、尚侍の君も、いとほしと聞きたまふ。大臣、北の方の思すところにより、せめて人の御恨み深くはと、取り替へありて思すこの御参りを、さまたげやうに思ふらむはしも、めざましきこと、限りなきにても、ただ人には、かけてあるまじきものに、故殿の思しおきてたりしものを、院に参りたまはむだに、行く末のはえばえしからぬを思したる、折しも、この御文取り入れてあはれがる。御返事、 |
などと申し上げると、尚侍の君も、不憫だとお聞きになる。大臣や、北の方のお考えにより、どうしても少将の恨みが深いのならばと、中の君を少将にと代わりをお考えになった上でのこのお参りを、邪魔しているように思っているのはけしからぬこと、この上ない身分の方でも、臣下であっては、絶対に許さないと、故殿がご遺言なさっていたものを、院に参りなさることでさえ、将来見栄えがしないものをとお思いになっていた、ちょうどその時に、このお手紙を受け取って気の毒がる。お返事は、 |
「今日ぞ知る空を眺むるけしきにて 花に心を移しけりとも」 |
「今日こそ分かりました、空を眺めているようなふりをして 花に心を奪われていらしたのだと」 |
「あな、いとほし。戯れにのみも取りなすかな」 |
「まあ、お気の毒な。冗談事にしてしまうのですね」 |
など言へど、うるさがりて書き変へず。 |
などと言うが、面倒がって書き変えない。 |