第三章 玉鬘の大君の物語 冷泉院に参院
6. 冷泉院における大君と薫君
本文 |
現代語訳 |
大人、童、めやすき限りをととのへられたり。おほかたの儀式などは、内裏に参りたまはましに、変はることなし。まづ、女御の御方に渡りたまひて、尚侍の君は、御物語など聞こえたまふ。夜更けてなむ、上にまう上りたまひける。 |
女房や、女童、無難な者だけを揃えられた。大方の儀式などは、帝に入内なさる時と、違った所がない。まず、女御の御方に参上なさって、尚侍の君は、ご挨拶など申し上げなさる。夜が更けてから院の御座所にお上がりになった。 |
后、女御など、みな年ごろ経てねびたまへるに、いとうつくしげにて、盛りに見所あるさまを見たてまつりたまふは、などてかはおろかならむ。はなやかに時めきたまふ。ただ人だちて、心やすくもてなしたまへるさましもぞ、げに、あらまほしうめでたかりける。 |
后や、女御など、皆、長年、院にあって年配になっていらっしゃるので、とてもかわいらしく、女盛りで見所のある様子をお見せ申し上げなさっては、どうしていいかげんに思われよう。はなやかに御寵愛を受けられなさる。臣下のように、気安くお暮らしになっていらっしゃる様子が、なるほど、申し分なく立派なのであった。 |
尚侍の君を、しばしさぶらひたまひなむと、御心とどめて思しけるに、いと疾く、やをら出でたまひにければ、口惜しう心憂しと思したり。 |
尚侍の君を、暫くの間伺候なさるようにと、お心にかけていらっしゃったが、とても早く、静かに退出なさってしまったので、残念に情けなくお思いなさった。 |
源侍従の君をば、明け暮れ御前に召しまつはしつつ、げに、ただ昔の光る源氏の生ひ出でたまひしに劣らぬ人の御おぼえなり。院のうちには、いづれの御方にも疎からず、馴れ交じらひありきたまふ。この御方にも、心寄せあり顔にもてなして、下には、いかに見たまふらむの心さへ添ひたまへり。 |
源侍従の君を、明け暮れ御前にお召しになって離さずにいられるので、なるほど、まるで昔の光る源氏がご成人なさった時に劣らない御寵愛ぶりである。院の内では、どの御方とも別け隔てなく、親しくお出入りしていらっしゃる。こちらの御方にも、好意を寄せているように振る舞って、内心では、どのように思っていらっしゃるのだろうという考えまでがおありであった。 |
夕暮のしめやかなるに、藤侍従と連れてありくに、かの御方の御前近く見やらるる五葉に、藤のいとおもしろく咲きかかりたるを、水のほとりの石に、苔を蓆にて眺めゐたまへり。まほにはあらねど、世の中恨めしげにかすめつつ語らふ。 |
夕暮のひっそりとした時に、藤侍従と連れ立って歩いていると、あちらの御前の近くに眺められる五葉の松に、藤がとても美しく咲きかかっているのを、遣水のほとりの石の上に、苔を敷物として腰掛けて眺めていらっしゃった。はっきりとではないが、姫君のことを恨めしそうにほのめかしながら話している。 |
「手にかくるものにしあらば藤の花 松よりまさる色を見ましや」 |
「手に取ることができるものなら、藤の花の 松の緑より勝れた色を空しく眺めていましょうか」 |
とて、花を見上げたるけしきなど、あやしくあはれに心苦しく思ほゆれば、わが心にあらぬ世のありさまにほのめかす。 |
と言って、花を見上げている様子など、妙に気の毒に思われるので、自分の本心からでないことにほのめかす。 |
「紫の色はかよへど藤の花 心にえこそかからざりけれ」 |
「紫の色は同じだが、あの藤の花は わたしの思う通りにできなかったのです」 |
まめなる君にて、いとほしと思へり。いと心惑ふばかりは思ひ焦られざりしかど、口惜しうはおぼえけり。 |
まじめな君なので、気の毒にと思っていた。さほど理性を失うほど思い込んだのではなかったが、残念に思っていたのであった。 |