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竹河

第三章 玉鬘の大君の物語 冷泉院に参院   

5. 蔵人少将、大君と和歌を贈答   

 

本文

現代語訳

 蔵人の君、例の人にいみじき言葉を尽くして、

 蔵人の君は、いつもの女房に大げさな言葉の限りを尽くして、

 「今は限りと思ひはべる命の、さすがに悲しきを。あはれと思ふ、とばかりだに、一言のたまはせば、それにかけとどめられて、しばしもながらへやせむ」

 「もうお終いだと思っております命も、そうはいっても悲しいよ。せめてお気の毒ぐらいに思う、とだけでも、一言おっしゃって下さったら、その言葉に引かれて、もう暫く生きていられましょうか」

 などあるを、持て参りて見れば、姫君二所うち語らひて、いといたう屈じたまへり。夜昼もろともに慣らひたまひて、中の戸ばかり隔てたる西東をだに、いといぶせきものにしたまひて、かたみにわたり通ひおはするを、よそよそにならむことを思すなりけり。

 などと書いてあるのを、持参して見ると、姫君たちお二方がお話して、とてもひどく沈み込んでいらっしゃった。昼夜一緒に居馴れて、中の戸だけを隔てた西と東の間でさえ、邪魔にお思いになって、お互いに行き来なさっていたが、離れ離れになろうことをお考えなのであった。

 心ことにしたて、ひきつくろひたてまつりたまへる御さま、いとをかし。殿の思しのたまひしさまなどを思し出でて、ものあはれなる折からにや、取りて見たまふ。「大臣、北の方の、さばかり立ち並びて、頼もしげなる御なかに、などかうすずろごとを思ひ言ふらむ」とあやしきにも、「限り」とあるを、「まことや」と思して、やがてこの御文の端に、

 特別に注意して準備して、お着付け申したご様子は、とても立派である。殿がご遺言なさった様子などをお思い出しになって、悲しい時だったせいか、手に取って御覧になる。「大臣や、北の方が、あれほど揃って、頼もしそうなご家庭で、どうしてこのようなわけの分からないことを思ったり言ったりするのだろう」と不思議なのにつけても、「お終いだ」とあるので、「本当だろうか」とお思いになって、そのままこのお手紙の端に、

 「あはれてふ常ならぬ世の一言も

   いかなる人にかくるものぞは

 「あわれという一言も、この無常の世に

   いったいどなたに言い掛けたらよいのでしょう

 ゆゆしき方にてなむ、ほのかに思ひ知りたる」

 縁起でもない方面のこととしては、少しは存じております」

 と書きたまひて、「かう言ひやれかし」とのたまふを、やがてたてまつれたるを、限りなう珍しきにも、折思しとむるさへ、いとど涙もとどまらず。

 とお書きになって、「このように言いなさい」とおっしゃるのを、そのまま差し上げたところ、この上なく有り難いと思うにつけても、最後の機会をお考えになっていたのまでが嬉しくて、ますます涙が止まらない。

 立ちかへり、「誰が名は立たじ」など、かことがましくて、

 折り返し、「誰の浮名が立たないで済みましょう」などと、恨みがましく書いて、

 「生ける世の死には心にまかせねば

   聞かでややまむ君が一言

 「生きているこの世の生死は思う通りにならないので

 聞かずに諦めきれましょうか、あなたのあわれという一言を

 塚の上にも掛けたまふべき御心のほど、思ひたまへましかば、ひたみちにも急がれはべらましを」

 墓の上でもあわれという一言をおかけになるようなお心の中と、存じられましたら、一途に死ぬことも急がれましょうに」

 などあるに、「うたてもいらへをしてけるかな。書き変へでやりつらむよ」と苦しげに思して、ものものたまはずなりぬ。

 などとあるので、「まずいこと返事をしてしまったな。書き変えないでやってしまったことよ」と辛そうにお思いになって、何もおっしゃらなくなった。



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