第四章 玉鬘の物語 玉鬘の姫君たちの物語
6. 大君、男御子を出産
本文 |
現代語訳 |
年ごろありて、また男御子産みたまひつ。そこらさぶらひたまふ御方々に、かかることなくて年ごろになりにけるを、おろかならざりける御宿世など、世人おどろく。帝は、まして限りなくめづらしと、この今宮をば思ひきこえたまへり。「おりゐたまはぬ世ならましかば、いかにかひあらまし。今は何ごとも栄なき世を、いと口惜し」となむ思しける。 |
数年たって、また男御子をお産みになった。大勢いらっしゃる御方々に、このようなことはなくて長年になったが、並々でなかったご宿世などを、世人は驚く。帝は、それ以上にこの上なくめでたいと、この今宮をお思い申し上げなさった。「退位なさらない時であったら、どんなにか意義のあることであったろうに。今では何事も見栄えがしない時なのを、まことに残念だ」とお思いになるのであった。 |
女一の宮を、限りなきものに思ひきこえたまひしを、かくさまざまにうつくしくて、数添ひたまへれば、めづらかなる方にて、いとことにおぼいたるをなむ、女御も、「あまりかうてはものしからむ」と、御心動きける。 |
女一の宮を、この上なく大切にお思い申し上げていらっしゃったが、このようにそれぞれにかわいらしく、お子様がお加わりになったので、珍しく思われて、たいそう格別に寵愛なさるのを、女御も、「あまりにこういう有様では不愉快だろう」と、お心が穏やかでないのであった。 |
ことにふれて、やすからずくねくねしきこと出で来などして、おのづから御仲も隔たるべかめり。世のこととして、数ならぬ人の仲らひにも、もとよりことわりえたる方にこそ、あいなきおほよその人も、心を寄するわざなめれば、院のうちの上下の人びと、いとやむごとなくて、久しくなりたまへる御方にのみことわりて、はかないことにも、この方ざまを良からず取りなしなどするを、御兄の君たちも、 |
何か事ある毎に、面白くない面倒な事態が出て来たりなどして、自然とお二方の仲も隔たったようである。世間の常として、身分の低い人の間でも、もともと本妻の地位にある方は、関係のない一般の人も、味方するもののようなので、院の内の身分の上下の女房たち、まことにれっきとした身分で、長年連れ添っていらっしゃる御方にばかり道理があるように言って、ちょっとしたことでも、この御方側を良くないように噂したりなどするのを、御兄君たちも、 |
「さればよ。悪しうやは聞こえおきける」 |
「それ見たことよ。間違ったことを申し上げたでしょうか」 |
と、いとど申したまふ。心やすからず、聞き苦しきままに、 |
と、ますますお責めになる。心穏やかならず、聞き苦しいままに、 |
「かからで、のどやかにめやすくて世を過ぐす人も多かめりかし。限りなき幸ひなくて、宮仕への筋は、思ひ寄るまじきわざなりけり」 |
「このようにでなく、のんびりと無難に結婚生活を送る人も多いだろうに。この上ない幸運に恵まれないでは、宮仕えの事は、考えるべきことではなかったのだ」 |
と、大上は嘆きたまふ。 |
と、大上はお嘆きになる。 |