第四章 薫の物語 薫、出生の秘密を知る
5. 薫、形見の手紙を得る
本文 |
現代語訳 |
ささやかにおし巻き合はせたる反故どもの、黴臭きを袋に縫ひ入れたる、取り出でてたてまつる。 |
小さく固く巻き合わせた反故類で、黴臭いのを袋に縫い込んであるのを、取り出して差し上げる。 |
「御前にて失はせたまへ。『われ、なほ生くべくもあらずなりにたり』とのたまはせて、この御文を取り集めて、賜はせたりしかば、小侍従に、またあひ見はべらむついでに、さだかに伝へ参らせむ、と思うたまへしを、やがて別れはべりにしも、私事には、飽かず悲しうなむ、思うたまふる」 |
「あなた様のお手でご処分なさいませ。『わたしは、もう生きていられそうもなくなった』と仰せになって、このお手紙を取り集めて、お下げ渡しになったので、小侍従に、再びお会いしました機会に、確かに差し上げてもらおう、と存じておりましたのに、そのまま別れてしまいましたのも、私事ながら、いつまでも悲しく存じられます」 |
と聞こゆ。つれなくて、これは隠いたまひつ。 |
と申し上げる。さりげないふうに、これはお隠しになった。 |
「かやうの古人は、問はず語りにや、あやしきことの例に言ひ出づらむ」と苦しく思せど、「かへすがへすも、散らさぬよしを誓ひつる、さもや」と、また思ひ乱れたまふ。 |
「このような老人は、問わず語りにも、不思議な話の例として言い出すのだろう」とつらくお思いになるが、「繰り返し繰り返し、他言をしない旨を誓ったのを、信じてよいか」と、再び心が乱れなさる。 |
御粥、強飯など参りたまふ。「昨日は、暇日なりしを、今日は、内裏の御物忌も明きぬらむ。院の女一の宮、悩みたまふ御とぶらひに、かならず参るべければ、かたがた暇なくはべるを、またこのころ過ぐして、山の紅葉散らぬさきに参るべき」よし、聞こえたまふ。 |
お粥や、強飯などをお召し上がりになる。「昨日は、休日であったが、今日は、内裏の御物忌も明けたろう。冷泉院の女一の宮が、御病気でいらっしゃるお見舞いに、必ず伺わなければならないので、あれこれ暇がございませんが、改めてこの時期を過ごして、山の紅葉が散らない前に参る」旨を、申し上げなさる。 |
「かく、しばしば立ち寄らせたまふ光に、山の蔭も、すこしもの明らむる心地してなむ」 |
「このように、しばしばお立ち寄り下さるお蔭で、山の隠居所も、少し明るくなった心地がします」 |
など、よろこび聞こえたまふ。 |
などと、お礼を申し上げなさる。 |