第一章 匂宮の物語 春、匂宮、宇治に立ち寄る
5. 八の宮、娘たちへの心配
本文 |
現代語訳 |
宮は、重く慎みたまふべき年なりけり。もの心細く思して、御行ひ常よりもたゆみなくしたまふ。世に心とどめたまはねば、出で立ちいそぎをのみ思せば、涼しき道にも赴きたまひぬべきを、ただこの御ことどもに、いといとほしく、限りなき御心強さなれど、「かならず、今はと見捨てたまはむ御心は、乱れなむ」と、見たてまつる人も推し量りきこゆるを、思すさまにはあらずとも、なのめに、さても人聞き口惜しかるまじう、見ゆるされぬべき際の人の、真心に後見きこえむ、など、思ひ寄りきこゆるあらば、知らず顔にてゆるしてむ、一所一所世に住みつきたまふよすがあらば、それを見譲る方に慰めおくべきを、さまで深き心に尋ねきこゆる人もなし。 |
宮は、重く身を慎むべきお年なのであった。何となく心細くお思いになって、ご勤行を例年よりも弛みなくなさる。この世に執着なさっていないので、死出の旅立ちの用意ばかりをお考えなので、極楽往生も間違いないお方だが、ただこの姫君たちの事に、たいそうお気の毒で、この上ない道心の強さだが、「かならず、今が最期とお見捨てなさる時のお気持ちは、きっと乱れるだろう」と、拝する女房もご推察申し上げるが、お思いの通りではなくても、並に、それでも人聞きの悪くなく、世間から認めてもらえる身分の人で、真実に後見申し上げよう、などと、思ってくれる方がいたら、知らぬ顔をして黙認しよう、一人一人が人並みに結婚する縁があったら、その人に譲って安心もできようが、そこまで深い心で言い寄る人はいない。 |
まれまれはかなきたよりに、好きごと聞こえなどする人は、まだ若々しき人の心のすさびに、物詣での中宿り、行き来のほどのなほざりごとに、けしきばみかけて、さすがに、かく眺めたまふありさまなど推し量り、あなづらはしげにもてなすは、めざましうて、なげのいらへをだにせさせたまはず。三の宮ぞ、なほ見ではやまじと思す御心深かりける。さるべきにやおはしけむ。 |
時たまちょっとしたきっかけで、懸想めいたことを言う人は、まだ年若い人の遊び心で、物詣での中宿りや、その往来の慰み事に、それらしいことを言っても、やはり、このように落ちぶれた様子などを想像して、軽んじて扱うのは、心外なので、なおざりの返事をさえおさせにならない。三の宮は、やはりお会いしないではいられないとのお思いが深いのであった。前世からの約束事でいらしたのであろうか。 |