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椎本

第二章 薫の物語 秋、八の宮死去す   

3. 薫、弁の君から昔語りを聞き、帰京   

 

本文

現代語訳

 こなたにて、かの問はず語りの古人召し出でて、残り多かる物語などせさせたまふ。入り方の月、隈なくさし入りて、透影なまめかしきに、君たちも奥まりておはす。世の常の懸想びてはあらず、心深う物語のどやかに聞こえつつものしたまへば、さるべき御いらへなど聞こえたまふ。

 こちらで、あの問わず語りの老女を召し出して、残りの多い話などをおさせになる。入方の月が、すっかり明るく差し込んで、透影が優美なので、姫君たちも奥まった所にいらっしゃる。世の常の懸想人のようではなく、思慮深くお話を静かに申し上げていらっしゃるので、しかるべきお返事などを申し上げなさる。

 「三の宮、いとゆかしう思いたるものを」と、心のうちには思ひ出でつつ、「わが心ながら、なほ人には異なりかし。さばかり御心もて許いたまふことの、さしもいそがれぬよ。もて離れて、はたあるまじきこととは、さすがにおぼえず。かやうにてものをも聞こえ交はし、折ふしの花紅葉につけて、あはれをも情けをも通はすに、憎からずものしたまふあたりなれば、宿世異にて、他ざまにもなりたまはむは」、さすがに口惜しかるべう、領じたる心地しけり。

 「三の宮が、たいそうご執心でいられる」と、心中には思い出しながら、「自分ながら、やはり普通の人とは違っているぞ。あれほど宮ご自身がお許しになることを、それほどにも急ぐ気にもなれないことよ。が、結婚など思いもよらないことだとは、さすがに思われない。このようにして言葉を交わし、季節折々の花や紅葉につけて、感情や情趣を通じ合うのに、憎からず感じられる方でいらっしゃるので、自分と縁がなく、他人と結婚なさるのは」、やはり残念なことだろうと、自分のもののような気がするのであった。

 まだ夜深きほどに帰りたまひぬ。心細く残りなげに思いたりし御けしきを、思ひ出できこえたまひつつ、「騒がしきほど過ぐして参うでむ」と思す。兵部卿宮も、この秋のほどに紅葉見におはしまさむと、さるべきついでを思しめぐらす。

 まだ夜明けに間のあるうちにお帰りになった。心細く先も長くなさそうにお思いになったご様子を、お思い出し申し上げながら、「忙しい時期を過ごしてから伺おう」とお思いになる。兵部卿宮も、今年の秋のころに紅葉を見にいらっしゃりたいと、適当な機会をお考えになる。

 御文は、絶えずたてまつりたまふ。女は、まめやかに思すらむとも思ひたまはねば、わづらはしくもあらで、はかなきさまにもてなしつつ、折々に聞こえ交はしたまふ。

 お手紙は、絶えず差し上げなさる。女は、本気でお考えになっているのだろうとはお思いでないので、厄介にも思わず、何気ない態度で、時々ご文通なさる。



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