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椎本

第三章 宇治の姉妹の物語 晩秋の傷心の姫君たち   

5. 薫、大君と和歌を詠み交す   

 

本文

現代語訳

 御心地にも、さこそいへ、やうやう心しづまりて、よろづ思ひ知られたまへば、昔ざまにても、かうまではるけき野辺を分け入りたまへる心ざしなども、思ひ知りたまふべし、すこしゐざり寄りたまへり。

 お気持ちも、そうはいっても、だんだんと落ち着いて、いろいろと分別がおつきになったので、亡き父宮への厚志からも、こんなにまで遥か遠い野辺を分け入っていらしたご誠意なども、お分りになったのであろう、少しいざり寄りなさった。

 思すらむさま、またのたまひ契りしことなど、いとこまやかになつかしう言ひて、うたて雄々しきけはひなどは見えたまはぬ人なれば、け疎くすずろはしくなどはあらねど、知らぬ人にかく声を聞かせたてまつり、すずろに頼み顔なることなどもありつる日ごろを思ひ続くるも、さすがに苦しうて、つつましけれど、ほのかに一言などいらへきこえたまふさまの、げに、よろづ思ひほれたまへるけはひなれば、いとあはれと聞きたてまつりたまふ。

 お嘆きのご心中、またお約束なさったことなどを、たいそう親密に優しく言って、嫌な粗野な態度などはお現しにならない方なので、気味悪く居心地悪くなどはないが、関係ない人にこのように声をお聞かせ申し、何となく頼りにしていたことなどもあった日頃を思い出すのも、やはり辛くて、遠慮されるが、かすかに一言などお返事申し上げなさる様子が、なるほど、いろいろと悲しみにぼうっとした感じなので、まことにお気の毒にとお聞き申し上げなさる。

 黒き几帳の透影の、いと心苦しげなるに、ましておはすらむさま、ほの見し明けぐれなど思ひ出でられて、

 黒い几帳の透影が、たいそういたいたしげなので、ましてどれほどのご悲嘆でいられるかと、かすかに御覧になった明け方などが思い出されて、

 「色変はる浅茅を見ても墨染に

   やつるる袖を思ひこそやれ」

 「色の変わった浅茅を見るにつけても墨染に

   身をやつしていらっしゃるお姿をお察しいたします」

 と、独り言のやうにのたまへば、

 と、独り言のようにおっしゃると

 「色変はる袖をば露の宿りにて

   わが身ぞさらに置き所なき

 「喪服に色の変わった袖に露はおいていますが

   わが身はまったく置き所もありません

 はつるる糸は」

 ほつれる糸は涙に」

 と末は言ひ消ちて、いといみじく忍びがたきけはひにて入りたまひぬなり。

 と下は言いさして、たいそうひどく堪えがたい様子でお入りになってしまったようである。



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