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椎本

第三章 宇治の姉妹の物語 晩秋の傷心の姫君たち   

8. 姫君たちの傷心   

 

本文

現代語訳

 兵部卿宮に対面したまふ時は、まづこの君たちの御ことを扱ひぐさにしたまふ。「今はさりとも心やすきを」と思して、宮は、ねむごろに聞こえたまひけり。はかなき御返りも、聞こえにくくつつましき方に、女方は思いたり。

 兵部卿宮に対面なさる時は、まずこの姫君たちの御事を話題になさる。「今はそうはいっても気がねも要るまい」とお思いになって、宮は、熱心に手紙を差し上げなさるのであった。ちょっとしたお返事も、申し上げにくく気後れする方だと、女方はお思いになっていた。

 「世にいといたう好きたまへる御名のひろごりて、好ましく艶に思さるべかめるも、かういと埋づもれたる葎の下よりさし出でたらむ手つきも、いかにうひうひしく、古めきたらむ」など思ひ屈したまへり。

 「世間にとてもたいそう風流でいらっしゃるお名前が広がって、好ましく優美にお思いなさるらしいが、このようにとても埋もれた葎の下のようなところから差し出すお返事を、まことに場違いな感じがして、古めかしいだろう」などとふさいでいらっしゃった。

 「さても、あさましうて明け暮らさるるは、月日なりけり。かく、頼みがたかりける御世を、昨日今日とは思はで、ただおほかた定めなきはかなさばかりを、明け暮れのことに聞き見しかど、我も人も後れ先だつほどしもやは経む、などうち思ひけるよ」

 「それにしても、思いのほかに過ぎ行くものは、月日ですわ。このように、頼りにしにくかったご寿命を、昨日今日とも思わず、ただ人生の大方の無常のはかなさばかりを、毎日のこととして見聞きしてきましたが、自分も父宮も後に遺されたり先立ったりすることに月日の隔たりがあろうか、などと思っていましたたよ」

 「来し方を思ひ続くるも、何の頼もしげなる世にもあらざりけれど、ただいつとなくのどやかに眺め過ぐし、もの恐ろしくつつましきこともなくて経つるものを、風の音も荒らかに、例見ぬ人影も、うち連れ声づくれば、まづ胸つぶれて、もの恐ろしくわびしうおぼゆることさへ添ひにたるが、いみじう堪へがたきこと」

 「過去を思い続けても、何の頼りがいのありそうな世でもなかったが、ただいつのまにかのんびりと眺め過ごして来て、何の恐ろしい目にも気がねすることもなく過ごして来ましたが、風の音も荒々しく、いつもは見かけない人の姿が、連れ立って案内を乞うと、まっさきに胸がどきりとして、何となく恐ろしく侘しく思われることまでが加わったのが、ひどく堪え難いことですわ」

 と、二所うち語らひつつ、干す世もなくて過ぐしたまふに、年も暮れにけり。

 と、お二方で語り合いながら、涙の乾く間もなくて過ごしていらっしゃるうちに、年も暮れてしまった。



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