第四章 宇治の姉妹の物語 歳末の宇治の姫君たち
1. 歳末の宇治の姫君たち
本文 |
現代語訳 |
雪霰降りしくころは、いづくもかくこそはある風の音なれど、今はじめて思ひ入りたらむ山住みの心地したまふ。女ばらなど、 |
雪や霰が降りしくころは、どこもこのような風の音であるが、今初めて決心して入った山住み生活のような心地がなさる。女房たちなどは、 |
「あはれ、年は替はりなむとす。心細く悲しきことを。改まるべき春待ち出でてしがな」 |
「ああ、新しい年がやってきます。心細く悲しいこと。年の改まった春を待ちたいわ」 |
と、心を消たず言ふもあり。「難きことかな」と聞きたまふ。 |
と、気を落とさずに言う者もいる。「難しいことだわ」とお聞きになる。 |
向かひの山にも、時々の御念仏に籠もりたまひしゆゑこそ、人も参り通ひしか、阿闍梨も、いかがと、おほかたにまれに訪れきこゆれど、今は何しにかはほのめき参らむ。 |
向かいの山でも、季節季節の御念仏に籠もりなさった縁故で、人も行き来していたが、阿闍梨も、いかがですかと、一通りはたまにお見舞いを申し上げはしても、今では何の用事でちょっとでも参ろうか。 |
いとど人目の絶え果つるも、さるべきことと思ひながら、いと悲しくなむ。何とも見ざりし山賤も、おはしまさでのち、たまさかにさしのぞき参るは、めづらしく思ほえたまふ。このころのこととて、薪、木の実拾ひて参る山人どもあり。 |
ますます人目も絶え果てたのも、そのようなこととは思いながらも、まことに悲しい。何とも思えなかった山賤も、宮がお亡くなりになって後は、たまに覗きに参る者は、珍しく思われなさる。この季節の事とて、薪や、木の実を拾って参る山賤どももいる。 |
阿闍梨の室より、炭などやうのものたてまつるとて、 |
阿闍梨の庵室から、炭などのような物を献上すると言って、 |
「年ごろにならひはべりにける宮仕への、今とて絶えはつらむが、心細さになむ」 |
「長年馴れました宮仕えが、今年を最後として絶えてしまうのが、心細く思われますので」 |
と聞こえたり。かならず冬籠もる山風ふせぎつべき綿衣など遣はししを、思し出でてやりたまふ。法師ばら、童べなどの上り行くも、見えみ見えずみ、いと雪深きを、泣く泣く立ち出でて見送りたまふ。 |
と申し上げていた。必ず冬籠もり用の山風を防ぐための綿衣などを贈っていたのを、お思い出しになってお遣りになる。法師たち、童などが山に上って行くのが、見えたり隠れたり、たいそう雪が深いのを、泣く泣く立ち出てお見送りなさる。 |
「御髪など下ろいたまうてける、さる方にておはしまさましかば、かやうに通ひ参る人も、おのづからしげからまし」 |
「お髪などを下ろしなさったが、そのようなお姿ででも生きていて下さったら、このように通って参る人も、自然と多かったでしょうに」 |
「いかにあはれに心細くとも、あひ見たてまつること絶えてやまましやは」 |
「どんなに寂しく心細くても、お目にかかれないこともなかったでしょうに」 |
など、語らひたまふ。 |
などと、語り合っていらっしゃる。 |
「君なくて岩のかけ道絶えしより 松の雪をもなにとかは見る」 |
「父上がお亡くなりになって岩の険しい山道も絶えてしまった今 松の雪を何と御覧になりますか」 |
中の宮、 |
中の宮、 |
「奥山の松葉に積もる雪とだに 消えにし人を思はましかば」 |
「奥山の松葉に積もる雪とでも 亡くなった父上を思うことができたらうれしゅうございます」 |
うらやましくぞ、またも降り添ふや。 |
うらやましくいことに、消えてもまた雪は降り積もることよ。 |