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第二章 大君の物語 大君、中の君を残して逃れる   

3. 薫は帰らず、大君、苦悩す   

 

本文

現代語訳

 暮れゆくに、客人は帰りたまはず。姫宮、いとむつかしと思す。弁参りて、御消息ども聞こえ伝へて、怨みたまふをことわりなるよしを、つぶつぶと聞こゆれば、いらへもしたまはず、うち嘆きて、

 日が暮れて行くのに、客人はお帰りにならない。姫宮は、とても困ったことだとお思いになる。弁が参って、ご挨拶などをもお伝え申し上げて、お恨みになるのもごもっともなことを、こまごまと申し上げると、お返事もなさらず、お嘆きになって、

 「いかにもてなすべき身にかは。一所おはせましかば、ともかくも、さるべき人に扱はれたてまつりて、宿世といふなる方につけて、身を心ともせぬ世なれば、皆例のことにてこそは、人笑へなる咎をも隠すなれ。ある限りの人は年積もり、さかしげにおのがじしは思ひつつ、心をやりて、似つかはしげなることを聞こえ知らすれど、こは、はかばかしきことかは。人めかしからぬ心どもにて、ただ一方に言ふにこそは」

 「どのように振る舞ったらよいものか。どちらかの親が生きていらっしゃったら、どうなるにせよ、親からお世話され申して、運命というものにつけても、思い通りにならない世の中なので、すべてよくあることとして、物笑いの非難も隠れるというもの。仕えている女房は皆年をとり、賢そうに自分自身では思いながら、いい気になって、お似合いのご縁だと言い聞かせるが、これが、しっかりしたことだろうか。一人前でもない考えで、ただ勝手に言っているばかりだ」

 と見たまへば、引き動かしつばかり聞こえあへるも、いと心憂く疎ましくて、動ぜられたまはず。同じ心に何ごとも語らひきこえたまふ中の宮は、かかる筋には、今すこし心も得ずおほどかにて、何とも聞き入れたまはねば、「あやしくもありける身かな」と、ただ奥ざまに向きておはすれば、

 とお考えになると、引き動かさんばかりにお勧め申し上げ合うのも、まことにつらく嫌な感じがして、従う気になれない。同じ気持ちで何事もご相談申し上げなさる中の宮は、このような結婚に関する話題には、もう少しご存知なくおっとりして、何ともお分かりでないので、「変わった身の上だわ」と、ただ奥の方に向いていらっしゃるので、

 「例の色の御衣どもたてまつり替へよ」

 「いつもの服装にお召し替えなさいませ」

 など、そそのかしきこえつつ、皆、さる心すべかめるけしきを、あさましく、「げに、何の障り所かはあらむ。ほどもなくて、かかる御住まひのかひなき、山梨の花ぞ」、逃れむ方なかりける。

 などと、お勧め申し上げながら、皆、お目にかからせようという考えのようなので、あきれて、「なるほど、何の支障があるだろうか。手狭な所で、このようなご生活の仕方ない、山梨の花」、逃げることもできないのであった。

 客人は、かく顕証に、これかれにも口入れさせず、「忍びやかに、いつありけむことともなくもてなしてこそ」と思ひそめたまひけることなれば、

 客人は、こうあからさまに、誰それにも口を出させず、「こっそりと、いつから始まったともなく運びたい」と初めからお考えになっていたことなので、

 「御心許したまはずは、いつもいつも、かくて過ぐさむ」

 「お許しくださらないならば、いつもいつも、このようにして過ごそう」

 と思しのたまふを、この老い人の、おのがじし語らひて、顕証にささめき、さは言へど、深からぬけに、老いひがめるにや、いとほしくぞ見ゆる。

 とお考えになりおっしゃるが、この老女が、それぞれと相談しあって、あからさまにささやき、そうは言っても、浅はかで老いのひがみからか、お気の毒に見える。



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