第五章 大君の物語 匂宮たちの紅葉狩り
5. 匂宮の禁足、薫の後悔
本文 |
現代語訳 |
宮は、立ち返り、例のやうに忍びてと出で立ちたまひけるを、内裏に、 |
宮は、すぐその後、いつものように人目に隠れてとご出立なさったが、内裏で、 |
「かかる御忍びごとにより、山里の御ありきも、ゆくりかに思し立つなりけり。軽々しき御ありさまと、世人も下にそしり申すなり」 |
「このようなお忍び事によって、山里へのご外出も、簡単にお考えになるのです。軽々しいお振舞いだと、世間の人も蔭で非難申しているそうです」 |
と、衛門督の漏らし申したまひければ、中宮も聞こし召し嘆き、主上もいとど許さぬ御けしきにて、 |
と、衛門督がそっとお耳に入れ申し上げなさったので、中宮もお聞きになって困り、主上もますますお許しにならない御様子で、 |
「おほかた心にまかせたまへる御里住みの悪しきなり」 |
「だいたいが気まま放題の里住みが悪いのである」 |
と、厳しきことども出で来て、内裏につとさぶらはせたてまつりたまふ。左の大臣殿の六の君を、うけひかず思したることなれど、おしたちて参らせたまふべく、皆定めらる。 |
と、厳しいことが出てきて、内裏にぴったりとご伺候させ申し上げなさる。左の大殿の六の君を、ご承知せず思っていらっしゃることだが、無理にも差し上げなさるよう、すべて取り決められる。 |
中納言殿聞きたまひて、あいなくものを思ひありきたまふ。 |
中納言殿がお聞きになって、他人事ながらどうにもならないと思案なさる。 |
「わがあまり異様なるぞや。さるべき契りやありけむ。親王のうしろめたしと思したりしさまも、あはれに忘れがたく、この君たちの御ありさまけはひも、ことなることなくて世に衰へたまはむことの、惜しくもおぼゆるあまりに、人びとしくもてなさばやと、あやしきまでもて扱はるるに、宮もあやにくにとりもちて責めたまひしかば、わが思ふ方は異なるに、譲らるるありさまもあいなくて、かくもてなしてしを。 |
「自分があまりに変わっていたのだ。そのようになるはずの運命であったのだろうか。親王が不安であるとご心配になっていた様子も、しみじみと忘れがたく、この姫君たちのご様子や人柄も、格別なことはなくて世に朽ちてゆきなさることが、惜しくも思われるあまりに、人並みにして差し上げたいと、不思議なまでお世話せずにはいられなかったところ、宮もあいにくに身を入れてお責めになったので、自分の思いを寄せている人は別なのだが、お譲りなさるのもおもしろくないので、このように取り計らってきたのに。 |
思へば、悔しくもありけるかな。いづれもわがものにて見たてまつらむに、咎むべき人もなしかし」 |
考えてみれば、悔しいことだ。どちらも自分のものとしてお世話するのを、非難するような人はいないのだ」 |
と、取り返すものならねど、をこがましく、心一つに思ひ乱れたまふ。 |
と、元に戻ることはできないが、馬鹿らしく、自分一人で思い悩んでいらっしゃる。 |
宮は、まして、御心にかからぬ折なく、恋しくうしろめたしと思す。 |
宮は、薫以上に、お心にかからない折はなく、恋しく気がかりだとお思いになる。 |
「御心につきて思す人あらば、ここに参らせて、例ざまにのどやかにもてなしたまへ。筋ことに思ひきこえたまへるに、軽びたるやうに人の聞こゆべかめるも、いとなむ口惜しき」 |
「お心に気に入ってお思いの人がいるならば、ここに参らせて、普通通りに穏やかになさりなさい。格別なことをお考え申し上げておいであそばすのに、軽々しいように人がお噂申すようなのも、まことに残念です」 |
と、大宮は明け暮れ聞こえたまふ。 |
と、大宮は明け暮れご注意申し上げなさる。 |