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第七章 大君の物語 大君の死と薫の悲嘆   

5. 匂宮、雪の中、宇治へ弔問   

 

本文

現代語訳

 「わが心から、あぢきなきことを思はせたてまつりけむこと」と取り返さまほしく、なべての世もつらきに、念誦をいとどあはれにしたまひて、まどろむほどなく明かしたまふに、まだ夜深きほどの雪のけはひ、いと寒げなるに、人びと声あまたして、馬の音聞こゆ。

 「自分のせいで、つまらない心配をおかけ申したこと」と元に戻したく、すべての世の中がつらいので、念誦をますますしみじみとなさって、うとうととする間もなく夜を明かしなさると、まだ夜明け前の雪の様子が、たいそう寒そうな中を、人びとの声がたくさんして、馬の声が聞こえる。

 「何人かは、かかるさ夜中に雪を分くべき」

 「誰がいったいこのような夜中に雪の中を来たのだろうか」

 と、大徳たちも驚き思へるに、宮、狩の御衣にいたうやつれて、濡れ濡れ入りたまへるなりけり。うちたたきたまふさま、さななり、と聞きたまひて、中納言は、隠ろへたる方に入りたまひて、忍びておはす。御忌は日数残りたりけれど、心もとなく思しわびて、夜一夜、雪に惑はされてぞおはしましける。

 と、大徳たちも目を覚まして思っていると、宮が、狩のお召物でひどく身をやつして、濡れながらお入りなって来るのであった。戸を叩きなさる様子が、そうである、とお聞きになって、中納言は、奥のほうにお入りになって、隠れていらっしゃる。御忌中の日数は残っていたが、ご心配でたまらなくなって、一晩中雪に難儀されながらおいでになったのであった。

 日ごろのつらさも紛れぬべきほどなれど、対面したまふべき心地もせず、思し嘆きたるさまの恥づかしかりしを、やがて見直されたまはずなりにしも、今より後の御心改まらむは、かひなかるべく思ひしみてものしたまへば、誰も誰もいみじうことわりを聞こえ知らせつつ、物越しにてぞ、日ごろのおこたり尽きせずのたまふを、つくづくと聞きゐたまへる。

 今までのつらさも紛れてしまいそうなことだけれど、お会いなさる気もせず、お嘆きになっていた様子が恥ずかしかったが、そのまま見直していただけなかったことを、今から以後にお心が改まったところで、何の効もないようにすっかり思い込んでいらっしゃるので、誰も彼もが、強く道理を説いて申し上げては、物越しに、これまでのご無沙汰の詫びを言葉を尽くしておっしゃるのを、つくづくと聞いていらっしゃった。

 これもいとあるかなきかにて、「後れたまふまじきにや」と聞こゆる御けはひの心苦しさを、「うしろめたういみじ」と、宮も思したり。

 この君もまことに生きているのかいないのかの様子で、「後をお追いなさるのではないか」と感じられるご様子のおいたわしさを、「心配でたまらない」と、宮もお思いになっていた。

 今日は、御身を捨てて、泊りたまひぬ。「物越しならで」といたくわびたまへど、

 今日は、わが身がどうなろうともと、お泊まりになった。「物を隔ててでなく」としきりにおせがみになるが、

 「今すこしものおぼゆるほどまではべらば」

 「もう少し気持ちがすっきりしましてから」

 とのみ聞こえたまひて、つれなきを、中納言もけしき聞きたまひて、さるべき人召し出でて、

 とばかり申し上げなさって、冷たいのを、中納言もその様子をお聞きになって、しかるべき女房を召し出して、

 「御ありさまに違ひて、心浅きやうなる御もてなしの、昔も今も心憂かりける月ごろの罪は、さも思ひきこえたまひぬべきことなれど、憎からぬさまにこそ、勘へたてまつりたまはめ。かやうなること、まだ見知らぬ御心にて、苦しう思すらむ」

 「お気持ちに反して、薄情なようなお振る舞いで、以前も今も情けなかった一月余りのご無沙汰の罪は、きっとそうもお思い申し上げなさるのも当然なことですが、憎らしくない程度に、お懲らしめ申し上げなさいませ。このようなことは、まだご経験のないことなので、困っておいででしょう」

 など、忍びて賢しがりたまへば、いよいよこの君の御心も恥づかしくて、え聞こえたまはず。

 などと、こっそりとおせっかいなさるので、ますますこの君のお心が恥ずかしくて、お答え申し上げることができない。

 「あさましく心憂くおはしけり。聞こえしさまをも、むげに忘れたまひけること」

 「あきれるくらい情けなくいらっしゃるよ。お約束申し上げたことを、すっかりお忘れになったようだ」

 と、おろかならず嘆き暮らしたまへり。

 と、並々ならず嘆いて日をお送りになった。



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