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早蕨

第一章 中君の物語 匂宮との結婚を前にした宇治での生活   

9. 弁の尼、中君と語る   

 

本文

現代語訳

 思ほしのたまへるさまを語りて、弁は、いとど慰めがたくくれ惑ひたり。皆人は心ゆきたるけしきにて、もの縫ひいとなみつつ、老いゆがめる容貌も知らず、つくろひさまよふに、いよいよやつして、

 お悲しみなっておっしゃっていたご様子を話して、弁は、ますます慰めがたく悲しみに暮れていた。女房たちは満足そうな様子で、衣類を縫い用意しながら、年老いた容貌も気にせず、身づくろいにうろうろしている中で、ますます質素にして、

 「人はみないそぎたつめる袖の浦に

   一人藻塩を垂るる海人かな」

 「人びとは皆準備に忙しく繕い物をしているようですが

   一人藻塩を垂れて涙に暮れている尼の私です」

 と愁へきこゆれば、

 と訴え申し上げると、

 「塩垂るる海人の衣に異なれや

   浮きたる波に濡るるわが袖

 「藻塩を垂れて涙に暮れるあなたと同じです

   浮いた波に涙を流しているわたしは

 世に住みつかむことも、いとありがたかるべきわざとおぼゆれば、さまに従ひて、ここをば荒れ果てじとなむ思ふを、さらば対面もありぬべけれど、しばしのほども、心細くて立ちとまりたまふを見おくに、いとど心もゆかずなむ。かかる容貌なる人も、かならずひたぶるにしも絶え籠もらぬわざなめるを、なほ世の常に思ひなして、時々も見えたまへ」

 結婚生活に入ることも、とてもできそうにないことと思われるので、事情によっては、ここを荒れはてさせまいと思うが、そうしたらお会いすることもありましょうが、暫くの間も、心細くお残りになるのを見ていると、ますます気が進みません。このような尼姿の人も、必ずしも引き籠もってばかりいないもののようですので、やはり世間一般の人のように考えて、時々会いに来てください」

 など、いとなつかしく語らひたまふ。昔の人のもてつかひたまひしさるべき御調度どもなどは、皆この人にとどめおきたまひて、

 などと、とてもやさしくお話しになる。亡き姉君がお使いになったしかるべきご調度類などは、みなこの尼にお残しになって、

 「かく、人より深く思ひ沈みたまへるを見れば、前の世も、取り分きたる契りもや、ものしたまひけむと思ふさへ、睦ましくあはれになむ」

 「このように、誰よりも深く悲しんでおいでなのを見ると、前世からも、特別の約束がおありだっただろうかと思うのまでが、慕わしくしみじみ思われます」

 とのたまふに、いよいよ童べの恋ひて泣くやうに、心をさめむ方なくおぼほれゐたり。

 とおっしゃると、ますます子供が親を慕って泣くように、気持ちを抑えることができず涙に沈んでいた。



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